幕末の雪

陽が何かを口にする姿を一度も見ていない。


しかも、わざわざお金を出し合い買った団子や酒はほんの少しも残っていない。


これでは陽が心を打ち解けさせるどころか、無理に呼ばれ忘れられただけで、嫌な思いをさせ得るだけだ。


冷静な山南や斎藤を始め、酒を飲まなかった土方でさえ存在を忘れていたのだから、責める相手は当然いない。


だが全員が自分の責任はしっかりと感じていた。


なんと声をかければいいのか……。数人が言葉を考える中、ふと近藤が気付く。


「鷹尾君は……?」


今陽の事について悩んでいたにも関わらず、その陽がどこにも見当たらない事さえ気づかなかった。


いくら態度の悪い陽でも、こればかりは自分達に非があった。


あまりに酷くはないか。それほどに、口先や思い立った行動ばかりが、自分勝手に約束を破っている感覚だった。


「おい陽ー!」


藤堂が大声を出し名前を呼ぶが、返事も姿もないまま。


「帰っちまったんじゃねえか?」


永倉が沈み出した夕日を見て、時間帯的にもそうだろうと言い出した。


だが、意外にも陽はすぐに見つかった。


しかも普段とは全く違った幼く可愛らしい姿で……。


「あはは…こんな顔するんだ」


桜の幹に背を預け、根元に座って眠る陽に、沖田は子供に向けるような眉を下げた笑顔を見せる。


以前見た陽の寝顔は、蔵の中で自殺を図ったせいで酷くうなされていた。


しかし今目に映る陽は、いつもわざとらしく尖らせた目尻も、瞳全体が弧を描くように柔らかい形をしている。


そして小さな寝息を吐く口は、少し開いていて、その姿がどうしようもなく愛おしく感じるほどだった。


沖田も含め、ほとんどが陽のこんな表情を見るのは初めてだった。