幕末の雪

「……」


しかし、いっこうに怒鳴り声は聞こえず、目を開ける。


そこには何も言わず広間を後にしようとする陽の姿と、それを口を開けたまま見る土方があった。


案の定怒り散らそうとした土方が声を発する直前、陽は一言もなしに広間を出て行こうとしたのだ。


副長の立場にある自分に対して、普段ない態度を取られ一瞬反応が遅れたせいで、口が開いたままになっている。


「おい!」


平隊士も土方にそんな態度を取れる人間が幹部達以外にいるとは思わず、呆気にとられた。


しかも陽は女子である以前に新入隊士だ。


陽を追って広間を出た土方の足音が大きく響き、広間の中一体は沈黙する。


「き…今日は解散だ!それぞれ朝餉を済ませ隊務につくように!」


近藤がなんとかいつも通り締め、その場は解散となった。


だが陽の行動のせいで、それはいつもと違った朝の始まりだった。


ーーーー


その頃。


陽は自室に戻ろうと廊下を進んでいた。もちろん庭には目もくれず、ただ人が集まるあの場から逃れるためだけだ。


後ろから自身を追う土方の声と足音が聞こえ、それはだんだんと近くなってくる。


「待てって言ってるだろうが!」


腕を掴まれ、陽は歩みを止めた。


振り解こうと思い切り腕を振るが、それを察知した土方は更に力を込めて陽の腕を握る。


そのせいで陽は腕を振りほどけず、いやいやながら振り返り土方を睨んだ。


「離せ」


「その前に隊士なら俺の言うことを聞け。「何もない」と言ったな。ふざけてんのか」


「もう一度言う、離せ」


陽は感情を出していなかったが、土方も陽が怒りそうだという事ぐらいはわかる。


それが気に食わない土方は陽を睨みつけて再度口を開いた。