幕末の雪

上物かはわからないが、真新しく光る刀身に傷はなかった。


陽の愛刀に比べると少し軽くなるが、手の大きさに合うおかげで握りやすく、以前よりも速度を増した動きも期待できる。


さっそく陽は刀の手入れに入った。


愛刀で無いとは言え、久しぶりに握る刀の感触はやはり落ち着く。


身が映るほど反射し透明度のある刀に、陽は刀を握り始めて間もない頃を思い出していた。


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まだ今よりもずっと陽が小さい頃のこと。


春になったばかりの夜に、陽は真っ暗な街の中で平屋の裏で壁に寄りかかりしゃがみこんでいた。


時折春一番の予兆とも言える肌寒い風が頬を撫で、その凍えに耐えるように足を両腕で抱え込む。


ちょうど脇と足の間に立派な刀が差し込まれていた。


今までの竹刀とは違う、そんな事はわかっている。


刀をそわそわと見る陽を、後ろにいた男が馬鹿にしたように笑った。


『どうした陽。怖気付いたか?』


陽が振り返ると、その男は立ったまま同じように平屋の壁に寄りかかっていた。


真っ黒な髪と、真っ暗な着物。それから藍色の羽織を袖を通さずに羽織っており、袴は履いていない。