憤りをわざと抑え冷静そうに装うことで今の土方の表情は、逆に全身から冷や汗が出そうなほど恐ろしい。


それなのに斎藤は俯いたっきり黙り込んでしまった。


刀の重要性に気づいたことや名前を聞き出せたことを言えば、手柄にもなるのに、と陽は自らを心配もせず冷静に考えていた。


勝手な口約束をした事を言うことを気にかけているのだろうか。


「おい斎藤!」


(本当にこいつ、何考えてるんだ……)


土方の怒りも段々と大きくなっていき、さすがに陽は耐え切れず足元に転がった竹刀を小さく蹴った。


“どうして刀の事を言わない。”


その意が伝わったのか、斎藤は転がる竹刀の音に反応して振り返った後、驚くことに首を横に振った。


「俺のせいでお前に負担をかけるわけにはいかない。連れ出した俺の責任だ」


斎藤が口を開かなかったのは自身のためでなく、これから先、刀を利用され更に不自由な生活を送ることになる自分のためだ。


そう陽が気付いた時、気づけば勝手に口が動いていた。


「刀と新撰組入隊をかけて勝負した。……私が負けたから、入隊する事になった。だろ?」


驚く土方より更に驚く斎藤よりも、一番に驚いていたのは言った陽自身だった。


敵であるはずの人間の優しさに触れ、心がかすかに緩んでしまったのだ。


陽も少なからずその事には気づいていた。


(だからって、馬鹿なのか。私は)


わざわざ丁寧に刀の事まで口にした自分を責めようとしても、口上手く誰かを騙すのは苦手だったのと、それでも監視から解放される事への感情が大きかった。


部屋に戻るなり、陽は静寂の中障子を締め切り壁に持たれるように座り込んだ。


何度か目にした事のある面々と共に刀を振るう姿を想像しても、不似合いすぎてため息も出ない。


隣に誰かがいる生活は、いつか失ってしまいそうでどうしても考えるのが怖かった。