幕末の雪

両手構えで尚斎藤よりも非力だったため、その時斎藤の勝利への確信はより確実なものになった。


両手構えの少女の速さぐらいならば対応することはでき、そうなれば一番の武器である“速さ”で仕掛けてくることは容易に予測できた。


そしてこの時に生まれたのが、真剣と竹刀の本質的な違いだった。


速度の違いから必然的に生まれたズレにすかさず打ち込んだ少女。真剣ならば、この時…いや、もっと前に確実に殺されていたかもしれない。


だが斎藤は右手を咄嗟に振り上げ、少女が振り下ろした竹刀を受け止めたのだ。


竹刀の自由を奪われた少女に一気に斎藤は反撃し、勝負がつくに至った。


「つまり、俺の隙をつくあんたの竹刀を一度でも掴むことができれば、勝てる確信があった」


「……」


負けたのか。真剣では勝っていたと言われても、負けは負けだ。


「約束は聞いてもらう。名前を教えてはくれないか」


「な、まえ……?」


どうせ新撰組に引き入れるつもりだろうと考えていた少女は、意外そうに声を発したが表情は相変わらずだ。


「ああ」


疑問が頭を埋め尽くす。どうして私を新撰組に誘わない、と。


新撰組に入る気なんてさらさらないが、変に勧誘を想像していたせいで今は、名前を教えることの方が恥ずかしく感じられた。


(また、あの生活に戻るのか……)


無理にでも新撰組に入隊させられたなら、それを言い訳にしてでもまだマシな生活ができていたかもしれない。


それなのに名前を教えるだけか。


「鷹尾陽(たかおよう)……」


二週間続いた監視された生活に救いの手が訪れたのに、また遠ざかって行く。


幼い少女の理性が決壊するようだった。