幕末の雪

きっと振り返れば、お得意の威圧的な心理を見抜いた笑みを浮かべているのだろう。


決して振り返るか、と藤堂は後ろ向きのまま竹刀を構え素振りを始めた。


素振りを始めてしばらくが経ち、影の位置からするにそろそろ稽古も終わるだろうという時間に差し掛かっていた。


今日は沖田に絡まれることなく終わりそうだ…と安堵の息を零した藤堂の耳に悪魔の声が響く。


「平助、ちょっといいかな」


ビクッ……。


分かりやすく肩を揺らして固まった藤堂は、めげずに聞こえない振りをした。


(ここで振り返ったら死ぬ…!)


「平助?」


「……」


「へーいーすーけー」


気のせいか?……声が近づいてきている気がして、たらりと冷や汗が全身に流れる。


そして次の瞬間、肩にズシリと力のこもった手が乗り、耳元で地獄の悪魔が囁くのだった。


「聞こえてるんでしょ?僕と、楽しい稽古して遊ぼうよ」


「……!」


「ほら聞こえてるんじゃん。無視するなんて酷いなぁ」


「お、俺そろそろ戻るわ…!稽古頑張れよ!」