幕末の雪

「そんな硬い表情で筆なんか走らせちゃって……豊玉発句集ですか?」


「っばあぁっ!…おまっ、何でそれ知ってんだよ!」


ガタガタッ


土方は咄嗟にその豊玉発句集を隠した机の引き出しを押さえて振り返った。


そこには怪しく目を光らせる沖田がいた。


「“願うことあるかも知らず火取虫”…どこの世界に蛾の感情を読み取ろうとする馬鹿がいるんですかね?」


口角を上げわなわな拳を震わせる土方の反応を楽しむ。


実は火取虫が夏の蛾であるように、沖田が豊玉発句集の存在を知ったのは去年の夏のこと。


昨年までは同じく新撰組内におり対立していた芹沢一派への悩みが絶えず、沖田は寝付けないことが何度かあった。


そういう事には興味のなさそうな沖田だが、妙に芹沢に心を許したところがあったのだ。


何と無く屯所内を歩き回っていた時、ふと声がした方を見ると縁側に腰掛ける土方がいた。


その時初めて聞いた土方の句が今口にした火取虫の句であり、いわば土方の才能のなさを知ったきっかけだった。