幕末の雪

力を入れない陽を見兼ね、刀を手のひらで思い切り握り自らの腕へ引くと、プツリと皮が切れ血が流れた。


「……!」


陽の目が見開かれたのが数人から見え、何かが起きたのだと察する。


土方からだけは沖田のしたことの全てが見えていた。


程よく筋肉のついた白い沖田の腕を流れるように垂れる血を見て、つい力がこもり眉間に皺が寄る。


だが、いけない。と陽を信じる様に何とか表情を戻そうと唇を噛み締めた。


陽が沖田を斬る気がないとは言え、昨夜陽に負わせた傷や三日前の事を思うと、自身にも傷を負わすべきでないかと思う沖田。


他人からすれば何がしたいのか理解できないと思うが、このまま陽が動かずに“斬らないことを信じる”などと言う方が、無意味だ。


「陽、それじゃ刺せないよ」


沖田の手から流れる血を見て、陽は柄の部分を放した。


畳に柄の部分が落下すると刀の先端から沖田の血が伝い、真っ赤な色が男達の目に映った。


声に出さずに口だけを開く。


止められず、何もできず、言葉すら発せなかった。


陽が刀を握っていない。


そう、言葉を向ける先すら最早なかった。


沖田自身が傷つけた事を理解し、落ち着きは取り戻したが次に不安になるのはこの行動のたどり着く結末だった。


あの目は人を刺す目ではない。昨日の藤堂を斬った時とは明らかに目が違った。


数え切れないほどの人を斬ってきた陽に今更人を殺すことにも恐怖はないだろうが、何かに怯えているようにすら見える。


「さっきあいつは俺を見て睨んだ後、なんだか悔しそうにしたんだ。……それから、嘘みたいに鷹尾から殺気が消えた」


土方は誰に向けるでもなく、全員に聞こえるように言った。陽にもしっかりと聞こえていた。


「信じて貰えてない俺達が何を信じるかなんて全くわかんねえ…。だが、こいつが今総司を斬らねえって、そんな小さなことぐらいは信じられる」


今すぐ陽の全てを信じろなんて確かに無理な話だ。


しかし一つ一つそれを積み重ねて行くことなら出来る。その始まりとして、今信じることは出来る。


冷静さを欠き土方に訴えた自分たちがどれだけその行為の邪魔になったのか、と黙っていた山南なども反省した。