幕末の雪

今から、こいつを斬る……?


陽の頭が何故か、斬る事と斬らない事の選択に迫られる。


(どうしてだ、斬ればいいだろ。それで、刀を奪ってまた元の生活に……)


陽の頭に以前の生活が流れ込む。


暗闇の中で膝を抱き、平屋の隙間で刀を握りしめて眠りにつく姿を。


それを繰り返し何年、明るさが差し込むように真っ暗な世界に現れた人達。


(それでもこいつらは……!)


やはり3日前の出来事を思い出した陽。だがそれも目の前の沖田と目が合った時、記憶の片隅へと消えてしまった。


『また来ようね』


そんな事ばかり考えて、何になるというのか。確かに陽の料理を食べず箸を置かれたのは辛かったが……。


それでも、彼らはそれ以上に何かを成そうともしてくれていた。


甘味処へと連れて行ってくれた沖田は、何時もよりもずっと優しい笑顔で微笑んでくれた。


積極的に話しかけてきた藤堂や、道場へと連れ出してくれた斎藤。


手当てをし、我儘を聞いてくれた山崎。


土方でさえ、叱咤ばかりではあったが、そればかりが土方ではなかった。


3日前に自分を叱りつけた時の土方の顔を打ち消すように、忘れられないあの表情が思い浮かんだ。


受け取った着物を見る陽へ向けた、赤く頬を染めた顔。


そう言えば、と今陽が着ている服も土方からの物と思い出す。


そんな土方が今、真剣な顔の沖田の後ろで心配そうに苦い顔をしている。


彼も仲間を大切に思う人間の一人であり、そんな彼らが大切に思おうとしている人間の一人に陽がいる。


彼らは陽を信頼し、また信頼されたいのだとやっと陽の心に伝わったーーー。


その時、陽の心にぽっかりと穴があき、底の方から温かいものが込み上げた。