幕末の雪

「そんなに慌てなくても、今すぐ触らせてあげるよ」


「総司!何言ってやがる!」


土方の足が部屋に一歩でも踏み入れようという時、沖田は冷めたような目で振り返った。


「土方さん。黙って、見ててください」


(さもないと、斬りますよ?)


「……!」


気負けして、土方は一歩後ずさった。


沖田の目は本気だった。


それは斬るという意志でなく、陽の信頼を得るための行動を本気で成し遂げる、という意味でだ。


土方がここで前に出る行為は、今一番の要らない要素だった。


「さ、陽。始めようか」


沖田は一歩、一歩と陽に近づくと陽の刀を鞘から抜いた。


土方は驚きで目を見開く。ただ、今は沖田の無事を信じるしかなかった。


鞘を起き、お膳をどかすと陽の前に座り込む沖田。


そしてそのまま、刀の柄を陽の右手に握らせた。


「今から僕が昨晩、君に怪我を負わせたところを斬らせてあげる。その後は、好きにするといいよ」


「総司……!」


刀を握りしめた陽は、真っ直ぐに自分を見つめる沖田の顔を見ることができなかった。


「何を言ってる……。お前の心臓を刺して逃げろと…、それが、お前の信じる事なのか」


山崎、斎藤、山南といた中で一番に意味のわからない奴だ。


それなのに、今までの誰よりも自分の命を賭けるかのように真剣な目をしている。


「違うよ。僕は信じてる。僕を斬らない事、そして信じたことに陽が信頼で返してくれることを」


沖田は刃に指先を添えると、滑らすように刀を握り持ち上げた。


その行動が陽と土方にはゆっくりに見えて、一瞬だけ音が聴覚から消え去った。