幕末の雪

それは陽の炊事当番が回ってきた日の事だった。


陽は朝目覚め、布団をしまう最中にその事を思い出した。


微妙に柔らかい布団に手を止めたまま、考える。


炊事を一つもしたことのない陽は、どうすればいいのかが全くわからない。


(いや、そういえばあったか……)


過去に一度炊事をさせられたことがあった。だがその記憶は陽の思い出の片隅にある本当に小さな出来事。


確かわけもわからず見様見真似で行った手順の最中で、もう炊事ごとに手を出すな。と言われた事があった。


やはり当番を取りやめてもらうべきかと陽は思ったが、土方に自分から話しかける気はない。


足は何となくで立ち入った事のない勝手場に向かう。


廊下の板がまだ日の出前で冷えている。


冬に比べれば随分温かくて素足でも歩けるぐらいだし、夏になると熱くなることを考えるとマシだ。


幹部らの部屋の前の辺りを通り過ぎたとき、最近沖田がよく話しかけてくる事を思い出した。


甘味処によく誘ってくれるわけで、陽にとってそれは悪いことではない。


ただ自分の心の中だけには入り込まれないようにしなくてはならない。


そうでなければ、自分の確かな存在が消えてしまいそうだった。


(仇を返す事に、仲間は必要ない)


だから自ら頼るような真似は絶対にしない。


もう決して弱い姿も、必要以上に心を許した姿も…見せない。


陽の解けかけた心が、また堅い決心によって閉ざされていく。


それに拍車を掛けるような出来事が、直ぐに起こった。