幕末の雪

今確かに、あの陽が“ありがとう”と言った気がする。


「もう一回言ってくれ」


「誰が言うか」


また冷たい態度で陽は言ってくるが、耳からさっきの声が離れない。


本の一瞬だけど、優しい。陽の声に二人はそう感じた。


女だと今までで一番意識したかもしれない。


着物に供えつきの紫色の帯にも目を移し、陽は出した衣服を風呂敷の中に戻した。


二人はその様子を無言で見つめたが、陽にとっては静寂の中の視線が苦しかった。


「これで終わりか?」


話が他にあるかを尋ねる。わざわざ沖田を呼んだのは、沖田絡みに話があるからなのだろうけど。


「いや、お前は一応隊士だからな。当番制で炊事や洗濯をしてもらうが…」


「断る」


「お前な」


“断る”という言葉が出る速さに、土方が思い出したのは陽が来たばかりの日。


あの時から少しは変わったかと思ったが、陽は相変わらず陽だ。


「特別扱いできるのはここまでだ。飯は幹部と一緒だが、待遇は隊士だ」


陽は怒るわけでもなく言う。


「私はそんな事を一切したことがない。飯なんか作れるか」


入隊の際に書いていた下手な字を見る限り、字も書けない人間が炊事や洗濯といった器用な事を出来るとは誰も思わない。


しかしだからと言って、陽だけそれを免除するわけにはいかない。


仮にも女であるわけだし、それぐらい今からでも身につけた方がいいだろう。これも少なからず土方の気遣いだった。


陽にとっては迷惑この上ないわけなのだが。