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「ただいま帰りました…」
「おかえりなさいませ、真琴様」
少し重い気分で開けた玄関扉の向こうで私を出迎えたのは、私服姿の浩人さんだった。
「こんな格好で申し訳ありません。私用で出かけておりましたので」
苦笑いを浮かべる浩人さんに、私は思わず目線をそらした。
私服姿は、一緒に出かけた時のことを思い出して胸がざわつく。
思い出したくないのに、思い出してしまう。
浩人さんは私服姿で、話し言葉は執事のそれ。
もうこれ以上頭を混乱させると、余計なことを言いかねない。
「そうですか…」
浩人さんの言葉にそれしか答えられなくて、私たちの間に沈黙がおりる。
私は空気に耐えられなくなって自室へと足を踏み出すけれど、浩人さんは目の前に立ちふさがった。
「…部屋で着替えてきます」
「少し、いい?」
(!…“浩人さん”だ)
また、急に変える。
急に縮められた距離に、私はどうしても訳が分からなくなってしまう。
(なんで振り回されるの。もう、こんなに胸が苦しい…)
私が意識して置いた距離をいとも簡単に飛び越えて、浩人さんは私を翻弄する。
翻弄されたくないのに、私はどうしても自分が分からなくなる。
おかしい。
自分で自分をコントロールできない。
今、かろうじて守っている残りの距離まで飛び越えられたら、すべてを明け渡してしまうような気がする。
だから、自分の中の一番奥が流されるなと自分を律する。
「…着替えたいです」
「時間は取らないよ」
私は自分の足を見つめて、逃げる言葉を必死で探す。
浩人さんを言いくるめられるのかと不安になるけど、それでも。

