コンコン、と不意に扉をノックする音が部屋に響いた。
「っ、…はい」
思わず返事をすると、浩人さんの手がするりと離れた。
安心したと同時に離れた手を残念に思う自分もいて、とりあえず浩人さんから離れようと急いで扉の方に向かった。
「失礼いたします」
顔を覗かせたのは料理長だった。
「明日は部活動に行かれるとおっしゃっていましたが、昼食はどうなさいましょう」
「部活は午前中だけなので、帰ってきてから食べます」
「かしこまりました」
「わざわざありがとうございます」
扉を閉めて、ここからどう行動しようかとそのまま固まる。
(なんか振り向くのが怖い気がする…)
突然の訪問のおかげで頭が冷え、さっきまでの自分が少しおかしかったと自覚する。
変な事を口走りそうになったし、行動に至ってはうまい言い訳が見つからない。
「真琴」
初めての呼ばれ方に、思わず振り向く。
私の見つめる先で、椅子から立ち上がっていた浩人さんが真っ直ぐに私を見ていた。
その呼び方に一気に距離を縮められたように感じて、また頭がパニックになりそうだ。
「ごめんね、からかいすぎた」
扉の前から動けずにいる私に、浩人さんがゆっくりと近づく。
「でも、かわいくて。ついね」
「からかわないで、ください…」
今、浩人さんがさらに距離を縮めにきていると分かった。
それで自分はどこか冷静になる。
「ごめんね。でも、俺は…」
「私!…あの……」
浩人さんの言葉を遮って、必死に逃げる言葉を探す。
「…お風呂、入ります」
その先に浩人さんが言うであろう言葉は、考えたくない。
きっと続きを聞いてしまったら、それを拒否することなんてできない。
だから聞きたくない。
「勉強、見てくださってありがとうございました」
目を合わせないように深々と頭を下げて、素早く扉を開けて部屋を出た。
足早に廊下を進みながら、自分でも分からないごちゃ混ぜの感情を持て余すしかない。
好きじゃない。
きっと一時の気の迷いだ。
カッコいいから、ただそれだけ。
好きじゃない。
あの人のことなんて好きじゃない。
言い聞かせるように、何度も頭の中で繰り返した。

