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「やぁ、大きくなったねぇ」


引っ越しと言っても、家具はおじい様の家にそろえられているため、洋服と勉強関係のものだけ荷造りすれば足りる。

あまりにも簡単に終わった荷造りのせいで「引っ越し」という感覚はあまりなかった。



何年ぶりかに訪れた家は相変わらずの風貌で、これからここで生活すると思うと緊張して肩に力が入る。


「これからお世話になります」


玄関で出迎えてくれたおじい様に頭を下げる。
記憶の中の見た目と変わっていなくて、ほっと小さく息をついた。

(元気そうでよかった)


「そんなにかしこまらなくていいんだよ」


のんびりと応え、やわらかく笑うおじい様につられて自分も笑顔になる。

軽い挨拶を終えて、おじい様のお付きの人に部屋へと案内してもらう。

「ここです」と示された部屋は予想以上の広さと綺麗な装飾が施されていて、思わずキョロキョロと目線を泳がせた。


(広い…これで1人部屋?)


一通り部屋の説明をしてから部屋を後にするお付きの人を見送り、部屋の中をぐるりと見渡す。

馴染みのない広い空間に1人という状況は、なんだか落ち着かない。

部屋の中をうろうろと歩いてみて、一つ息をつく。


(寝よう…)


両親の出国を見送ってからここに来たため、時刻は10時を回っていた。

お風呂に入って寝る。そうすれば少しはこの家に慣れて緊張も和らぐはずだ。

服を入れた箱が数個、ドア近くに置かれているけれど荷物の整理は明日にしよう。


タイミング良く、部屋にノックの音が響いて先程のおじい様の執事、井筒さんが顔をのぞかせた。


「お風呂の用意ができております。どうなさいましょうか」

「お借りします」

「かしこまりました」


井筒さんの丁寧な口調に思わずつられてしまう。

そんな自分の口元を押さえながら彼の後についていった。