Please be absorbed in me


***

少し遠出をしましょう、という浩人さんの提案に頷き、私は電車に揺られていた。

学校の近くで誰かに遭遇するよりは…と思って頷いたけど、そもそもデートってなに。
まだ浩人さんの言葉の意味もハッキリしていないのに。

春休みで平日でも人が多い車両内で、私は座席横の手すりに寄りかかって密かに眉をしかめた。

それに、この状況はどうしたらいいんだろう。

目の前の浩人さんは、私が寄りかかっている手すりの上の方を掴んでいて、自然と向かい合った状態になっていた。


(近い…)

「どうかしましたか?難しいお顔をされていますよ」

「なんでもありません…」


昨日に引き続き、周りから送られる女の子たちの視線を気にした様子もなく、浩人さんは私に笑いかけた。

朝の件をまるで気にしていないような振る舞いに、浩人さんさんのことがよく分からなくなる。
深い意味なんてなかったのだろうか。


「そうですか」


この近さでその笑顔はずるい。

私服に着替えているのもずるい。

顔が熱くなるのは仕方ない。

気を紛らわすのも兼ねて、私は、言おうと思っていたことを言葉にしようと口を開く。


「…あの、敬語やめてください」

「なぜですか?」


電車の揺れのせいか、浩人さんとの距離がグッと縮まる。


「大人が高校生に敬語を使うのは変です」

「ですが…」


浩人さんの渋るような返事に、胸が痛むのを自覚した。

確かに、急に「敬語をやめてほしい」なんて言われても、すぐに切り替えれるものじゃないだろうけど。


(でも、嫌だ…)


だって、分からなくなる。
浩人さんの気持ちが、本当の心が見えない。

浩人さんが敬語を使うのは、きっと浩人さんが私の執事という立場だから。

でも同時に、デートしましょうと言ったのも浩人さんだ。

わざわざデートという言葉を使ったのに、浩人さんは自分が執事だというスタイルを崩そうとしない。


(浩人さんの本心は、どこにあるの?)


そこで自覚する。私は試していた。

浩人さんが敬語をやめてくれたら、やめてくれなかったら。

浩人さんは“執事”で“ひろお兄ちゃん”なのか、違うのか。

浩人さんが何を望んでいるのか。

ぼんやりと曖昧なまま、だけど、きっとそこにある浩人さんの本当の心を、私は知りたい。


「デートって言うなら、なんで…」


思わず口をついた言葉。

あまりにも素直に言ってしまった自分に驚き、慌てて口を押さえた。