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“思い出話は、お散歩しながらに致しましょう”
という浩人さんの提案で、お祖父様のお屋敷のお庭を浩人さんと2人で散歩することになった。
春のまったりとした空気と暖かい日差しの中、穏やかになるはずの心臓は、またバクバクと音を立てていた。
「昔は、よくこの辺りで休憩していましたね」
お屋敷の裏に差し掛かろうという所に来て、大きなアオダモの木に触れながら浩人さんが言った。
「この木ですか?」
「ええ。まだ幼かった真琴様は、ここまでの道のりで疲れてしまわれたので」
「ご迷惑をかけていたのですね…」
(昔の私、随分と自由だったな…)
ひろお兄ちゃんとの思い出は断片的にしか思い出せていないけれど、いつも面倒見てくれてたのだろうか。
ここに来るまでにも、浩人さんは「あの辺りで真琴様が…」と思い出話をしてくれるけれど、私は覚えてなくて、どこか他人事のように聞こえてしまう。
それがなんだか寂しい。
「迷惑なんて思いませんでしたよ。それはそれは可愛らしかったです」
優しい笑みでサラリと言われた言葉に、いたたまれない思いでうつむいた。
(私はどんな言葉を返せばいいの…)
「そういえば、真琴様は一度この木に登って、落ちてしまったことがありましたね」
目線を逸らした私に気を遣ってくれたのか、浩人さんはアオダモにもう一度目線を向けた。
「そうなんですか?…だから覚えてないのかな」
つられてアオダモを見上げた私の頭に、ふいに浩人さんの手が伸びてくる。
その指が、私の髪の中にするりと滑り込んだ感覚に、びくっと体を強張らせた。
浩人さんの指が撫でるように後頭部に触れて、目の前の浩人さんが近い距離で私を見つめる。
「傷が残らなくてよかった」
呟いた言葉は執事としてなのか、それとも違うのか。
(近い。触れた所が、熱い)
浩人さんがアオダモに目を向けたことで私は完全に油断していて、不意打ちを喰らって、一気に顔の熱が上がった。
撫でる指に、心臓が落ち着かない。
(どうすればいいの、この状況…)
触れられた指に対してどう反応すればいいのか分からず、顔が熱いことを自覚したまま、私は硬直するしかなかった。
まだ、浩人さんの言葉の意味はハッキリとは分からないまま。
私のこと好きなんですか、なんて聞けない。
たとえ好きと言われても、浩人さんが私に向ける感情が、どういった性質のものかは分からない。
そして、私が浩人さんに抱くこの感情も、私自身がまだよく分かっていない。
「さて、参りましょうか。真琴様」
触れていた指が名残惜しそうに髪を梳きながら離れて、浩人さんが先を歩き出す。
私にとって、ひろお兄ちゃんは初恋の人だ。
(でも、今は…“浩人さん”は、私にとってどんな人なんだろう)
ドキドキするけど、この胸の高鳴りはきっと恋じゃない。
イケメンに優しくされて絆されているだけ。
それに、幼い頃の初恋は、おそらく子供にありがちな年上に対する憧れの延長。
(恋とは違う…と思う)
姿勢の良い浩人さんの後ろ姿を眺めたまま立ち尽くしていたことに気付き、遅れて追いかけて、その半歩後ろに駆け寄った。
浩人さんは足を止めて肩越しに私を見やり、やわらかく笑う。
「ちゃんとついてきてくださいね」
「子どもじゃないんですから大丈夫です」
言葉を返せば、浩人さんはさらに目元を緩めた。
(浩人さんにとっては、私はあの頃の小さな女の子なのかも)
さっき触れたのも、ただ年下の子を心配する感情からしたことなのかもしれない。
慣れないことを考えすぎて、思考が鈍ってきた気がする。
こういうこと考えるのは、得意じゃない。
どちらかと言えば、むしろ苦手な分野だった。

