「真琴様、お座りください」
声をかけられて、それでも私は動けなかった。
浩人さんの言葉の意味を整理できなくて混乱した頭のまま、それでも浩人さんとは顔を合わせられないから、横を向いたまま固まる。
“元よりそのつもりだろう?”
“はい、その通りでございます”
「どういう意味…」
おじい様と浩人さんの会話が頭の中でリピートされて、無意識に呟いた。
「そのままの意味ですよ」
いつのまにか近くに来ていた浩人さんが私をまっすぐに見つめ、手の平を差し出した。
その仕草にどこか懐かしいような感じがして、胸が切なくなる。
「ずっと前から、真琴様のことを知っています」
「え…」
「小さい頃、よく遊んだでしょう?」
目尻を下げて優しく笑うその顔に、差し出された手に既視感を覚えて、記憶の奥底から“それ”が浮かび上がってきた。
「浩お兄ちゃん…?」
「覚えていらっしゃったのですね」
「今、思い出しました…」
嬉しそうな表情をする浩人さんに苦笑いを返す。
そうだ。なんで今まで忘れてたんだろう。
小さい頃、両親の不在中はここへ来ていた。
広い家と庭で、何度か“浩お兄ちゃん”と遊んでいた。
ずっと昔に知っていた人だ。
「なんで、最初に言ってくれなかったんですか?」
「真琴様は幼かったので、覚えていなくても当然かと」
断片的にだけど、覚えている。
そして、一度思い出してみればそこからは早い。小さい頃の記憶が次々に溢れてきた。
やわらかく緩む目尻が懐かしい。
今まで忘れていたのが不思議なくらいに、心の奥の方があたたかく、あの頃を愛おしく感じる。

