恋は天使の寝息のあとに

声の主がリビングの入り口からひょっこりと顔を覗かせる。
その端正な顔立ちと、スタイルの良い背格好には見覚えがあった。

恭弥の、元カノ……!

叫びだしそうになって、私は慌てて口元を押さえた。咄嗟に身構えて背筋を正す。

その女性はメンズライクな革のライダースジャケットを羽織っていたが、彼女が着る分には無骨に見えなかった。
短めのスカートの下からは、白く細く、長い足が覗いている。
歩くたびに、ゆるいパーマのかかった長い髪が揺れる。

見ているこちらもドキッとするくらい、しなやかな仕草でリビングに足を踏み入れる。
心菜の姿に気がつくと「あら、こんにちは!」そう声をかけて笑顔でしゃがみ込んだ。

「あらあら、怪我しちゃったね、痛い痛いだね」

自然に話しかけている姿は、なんだか子ども慣れしているような印象を受けた。

「ほかに痛いところあるかなー?」

そう言って、持っていたバッグとジャケットをソファの足元に下ろすと、心菜の肩を、腕を、足を順番に手で触って確かめていった。



「……彼女、保育士なんだ」

目を丸くしている私に恭弥が説明して、ああ、と私は合点がいった。
子ども慣れしているのはそのせいか。

彼女は心菜の身体を一通り点検したあと、最後に「ごめんね」と言って心菜の口の中に指を入れた。

「うん、ほかにどこも怪我していないし、歯も揺れたりしていないから大丈夫だと思う」

そう言って私に視線を投げかけた。

「鼻と口の傷は、ちょっと心配だね。子どもは化膿しやすいから。
もし熱が出るようなら皮膚科に行ってくれる?」

彼女はにっこりと微笑んで私にそう指示した。
なんて綺麗な笑顔だろう。
私は圧倒されながらも、正座で、はい、と礼儀正しく頷く。


こんなんでいいかしら? と彼女が後ろに立つ恭弥を見上げた。

恭弥は、悪いな、と答えて、彼女に笑みを返す。