恋は天使の寝息のあとに

――俺を頼れ――


彼の声が頭の奥で響いて、私は慌てて携帯端末を取り出した。
履歴から彼の名前を探し出して、震える指先で通話ボタンを押す。

しばらく発信音が続いて、ダメかと諦めかけたころ、発信音が途切れた。

『……どうした?』

ぶっきらぼうな彼の吐き捨てるような低い声が耳元に響く。

「恭弥、どうしよう、心菜が怪我して……」

私の切羽詰まった涙声を聞いて、さすがにマイペースな恭弥もただならぬ事態だと察したらしい。

『どうした沙菜、何があった?』

いつになく真面目な声の恭弥。通話口の向こうで顔色を変えたのがわかった。

「血が、止まらなくて。どうしたらいいかわからなくて……」

『落ち着け沙菜。何があったか説明しろ』

恭弥は混乱する私をたしなめると、今どこだ、何があった、心菜の様子は? 傷は? 出血量は? と冷静にひとつずつ問い正していった。


『沙菜、ひとまず心菜を連れて家へ帰れるか? 俺もすぐにそっちに向かうから。
もし心菜の意識がなくなったり、吐いたりするようなら、すぐに救急車を呼ぶんだぞ。いいな』

私が「うん」と頷くと、恭弥は「すぐ行く」と早口で言い残して電話を切った。

左腕で相変わらず泣きじゃくっている心菜を抱きかかえ、右手でベビーカーを引きずりながら、急いで家へと向かった。
私の服の肩口が心菜の血で赤く染まっていたけれど、そんなことはどうでもいい。
ただひたすら、恭弥の指示に従うことだけを考えた。