ふと時計を見ると、心菜に母乳を飲ませてから二時間半が経過していることに気づく。

「そっか、心菜、ご飯の時間だったんだ。お腹空いて泣いてるんだね」

わたしはおもむろにパジャマの脇の布地を手繰り寄せた。
授乳用のパジャマには、脇の下に切れ目が入っていて、服を脱がずとも胸を出して授乳できるように設計されている。

心菜に母乳を吸わせると、横にいた恭弥がわざとらしく目を背けながら再び呆れたような声を上げた。

「お前、俺の前で躊躇いもなく堂々と……」

その言葉の意味に気がついて、私はハッと顔を上げる。

心菜におっぱいをあげるところ、見てた?
ひょっとして、私の胸、見えてた?

大泣きしている心菜をどうにかすることに必死で、その上、今の私には『おっぱい』は『心菜のご飯』としか考えられなくて。
人前で胸を晒すということの羞恥心を完全に忘れていた。

今さら恥ずかしさが勢い良く吹き上がってきて、頭に血が上る。頬を赤らめながら、私は叫んだ。

「見たの!?」

「……だって、あまりにも平然と見せるから」

「だからって見ることないじゃない!」

「そんなまじまじと見てねぇよ、ほんの一瞬――」 

「一瞬見たの!? なんで目つぶったりしてくれないのよ!?」

「そんなもん、急に見せる方が悪いんだろ」

「やだ! もうこっち見ないで!」

「もう見てねぇって!」

恭弥が今さらながら私に背を向けた。
居心地悪そうに後頭部の髪をくしゃくしゃかき回している。
ぶすっとした声のまま、彼は私に問いかけた。

「飯、買ってきてやる。何食いたい?」

「……栄養のありそうなもの」

「了解」

短く答えると、恭弥は振り返らずにリビングを出て行った。
ぐったりとした私と、必死におっぱいへかじり付く心菜が残されて、再びリビングに静けさが戻る。