恋は天使の寝息のあとに

私の隣を歩く恭弥は、まだ少し不機嫌な顔をしていた。
私にからかわれたことがよほどショックだったのだろうか。

「だいたい、見るならもっと可愛い女の子のスカート姿を見ればいいじゃん」

私のなんか見てもつまらないだろうに、と、ため息混じりに肩を竦める。
恭弥はジャケットのポケットに手を突っ込んで、だれた様子で歩きながら、ちらりと私に目をやった。

「お前は違うのか?」

それは、私が可愛らしい女の子かと聞いている?
そんなことを本人に質問しないでよ。
可愛いとも言い難いし、歳にしても、一児の母であることを鑑みても、とても女の子とは言えない気がする。

「もう女の子ってほど若くないし、可愛くもないよ」

「それでもまだ二十五歳だろ?」

恭弥はおもむろに私の頭の上へ手を乗せた。

「俺から見れば、ただの可愛い女の子だけどな」

呟いた恭弥の瞳が、ほんの少しだけ、よく見ていなければ気づかないくらい、わずかに細くなった。
いつもの無表情に、一瞬だけ微笑みが射す。

私の頭をぽふんぽふんと二回ほど愛でたあと、彼は満足そうに手のひらをポケットへとしまった。

無駄に可愛いなんて形容詞を使って。
私の頭を混乱させるには、十分だった。
この人は、自分の言った言葉がこんなにも人を惑わせていると自覚しているのだろうか。
飄々とした彼の様子からすると、本当に他意はないのかも知れない。

それでも、私の心はどくどくと音を立てていた。
彼に女の子扱いをされたことを、こんなにも嬉しく感じてしまうだなんて。

困り果ててうつむく私。恭弥は自分の顎をくいっと動かす仕草をして、私の手の中の紙袋を指し示す。

「それ、ちゃんと履けよ。……いやらしい意味じゃなくて」

「うん……」


いつか、恭弥の目の前で、このスカートを履いたとき
彼はもう一度、私のことを『可愛い』と言ってくれるだろうか。

不安と期待を織り交ぜながら、私は紙袋の持ち手をぎゅっと握り締めた。