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土曜日の朝一で恭弥から着信が入った。
今日はすこしだけ特別な日。
裸足でリビングを走り回る心菜を追い掛け回しながら、私は肩と耳で挟んだ携帯端末に向かって叫んだ。

「うん! 九時半から開会式が始まるから、十分前には来てね!?」

端末を落とさないように不恰好に首を曲げて、両手に心菜の靴下を持ちながら「まてまて~!」と追いかけたら、遊んでもらっていると勘違いしたのだろう、心菜は余計に喜んで逃げ出した。

コの字型になっている四人掛けの大きなソファの周りをぐるぐる。
その正面に置いてある横長のローテーブルの周りをぐるぐる。

両親の残してくれた実家は二人暮らしの今となっては無駄に広くて、いちいち家具が大き過ぎて扱いきれない。

「ほら心菜! おとなしく着替えないと、運動会遅刻しちゃうよ」

必死な私の声を聞いて、通話口の恭弥が笑い声を漏らした。

『じゃあ、現地集合な。保育園の校庭に行けばいいんだろ?』
「うん! あ、保育園の場所、分かる?」
『ああ。なんとかなるだろ』

恭弥は適当に頷くと、通話を切った。
私は端末を机に置いて、本格的に心菜をとっ捕まえる。
ジタバタ暴れる彼女を羽交い絞めにして、靴下を履かせ、上着を着せた。

大変! 集合時間まで、あと十五分しかない!

私は急いで心菜とバッグをベビーカーに乗せて、慌ただしく玄関を出た。