恋は天使の寝息のあとに

「俺からも頼む」

声に振り返ると、恭弥がいつになく誠実な表情で翔を見つめていた。

「これ以上、沙菜と心菜に近づかないでくれ。
一度捨てた二人を、今さら拾おうなんて身勝手な真似しないでくれよ。
せっかくあんたとの過去を乗り越えて、前を向いて歩き出したんだ。
これ以上、彼女たちを引っかき回さないでくれ」

その瞳はいつもの鋭いものではなく、例えるならば憂いだろうか、懇願するかのように頭をもたげる。

「二人の人生は、俺が責任を取る。
……だからあんたは身を引いてくれ」


二人に頭を下げられて、翔は複雑に顔を歪めた。
許せないのだろうか、憎らしいのだろうか、信じられないというような顔で唇を引き結ぶ。

「沙菜、待ってくれ。
僕は君も娘も失いたくない。少しでも僕のことを想う気持ちが残っているのなら、考え直してくれないか?
君の望む通りの夫になるよ。精一杯、君のために尽くす。
だから、もう一度だけ、やり直させてくれ」

私にすがり付く翔は、なんだかとても弱々しく、寂しそうに見えた。
けれど、ここで優しくするのは、違う気がする。

生真面目な翔は、そうやってまた頑張ろうとする。
でも。
そうじゃないんだよって教えることが私の役目だと思った。
頑張ることと無理をすることは違う。
彼の過剰な努力が良い結果を生まないってことは、私が身をもって知っているから。

「出来るまで、何度も何度も頑張ってやり直すことが正しいって、私は思わないから」

このままずるずると『やり直し』を繰り返すのはもう終わりにしたかった。
それに……何よりも――

「今の私は、恭弥と一緒にいたいと思ってる」

「……っ!」

翔がぐっと拳に力を込めて、身を固くした。
殴られる……! 一瞬そう思ったが、目をぎゅっと瞑った私に拳が振り下ろされることはなかった。