恋は天使の寝息のあとに

翔の苛立ちは傍から見てもよくわかった。半眼で恭弥を睨みつける。

「性格の悪いお兄さんだ」

恭弥も瞳を鋭くする。引けを取らない威圧感。

「何だってやってやるよ。こいつらのためならな」


一触即発という感じだった。
男同士の喧嘩というものはよく知らないが、今にも殴りかかりそうな二人の緊張感に、私は背筋が凍る。

こんなことをしにきたんじゃない。
私は翔に理解して欲しいんだ。
もう元の関係には戻れないこと。
私たち三人が一緒にいたとしても、各々にとってマイナスにしかならないこと。

最後くらい納得してお互いの道を歩みたい。

「翔、お願い……」私は震える足で前へ進み出た。
恭弥の横をすり抜けて、翔の目の前に立つ。殴りかかられたら、逃げることもできない位置。
「沙菜……」後ろから心配そうな恭弥の声が聞こえた。

ぎゅっと唇をかみ締めて翔の目を見つめた。
怒鳴られようが、殴られようが、構わない。
私は私の言いたいことを、伝えたい。
理解し合えることを諦めない。

「翔。お願いします。別れてください。
最初は、やり直せるんじゃないかって思ってた。
翔が頑張ってくれてたことも知ってるし、失った一年半を取り戻そうとしてくれたこと、嬉しかった。
でもお互い無理してたよね?
私はまだ正直、翔のことが怖い……。顔色をうかがいながら、びくびくしてる……。
翔も、心菜のこと、一生懸命向き合ってくれてたけど、辛そうだった。
日に日に限界に近づいていく翔を見ているのが苦しかったよ。
このまま騙し騙し上手くやってても、いずれどうにもならない日がくる。
昔みたいに、また取り返しのつかないことになる前に。
ここで終わりにしよう」


やっと言いたいこと、全部言えた気がした。
心の中がほんの少しだけ軽くなる。


翔は驚いた顔で私のことを見つめ返した。
今までの私は、従うか逃げるかのどちらかだったから、こんな風に真っ向から主張する姿が意外だったのかもしれない。
言葉を失くして立ち尽くす翔は、脅えているようにも見えた。