恋は天使の寝息のあとに

「……正気、ですか?」

口元を引きつらせながら立ち尽くす翔に、恭弥は静かに答えた。

「沙菜と籍を入れて、俺が本当の父親になる」

「籍ってそんなこと、できるわけ――」

「できるだろう。血の繋がりもないし、法律上何の問題もない」


平然と答えた恭弥に、翔は呆然とするしかなかった。
馬鹿馬鹿しいとでも思ったのか、はは、ははは、と渇いた笑い声を漏らす。

「あなたは――お兄さんはそれでいいんですか!?
自分と血の繋がりのない妹と子どもを抱えて、一生養っていかなきゃいけないんですよ!?
籍まで入れるなんて、いくら妹のためとはいえ、そこまでする義理ないでしょう!」

「あんたのものさしで計るなよ。
俺は二人を愛してる。それだけだ」

そう言って恭弥が私の腰に手を回して、抱き寄せた。私の頭を自分の胸元へ押し当てる。
恭弥のその仕草はあまりにも自然で――そして、私たちの関係がただの兄妹ではないことを物語っていた。


翔は事態を飲み込むまでにしばらくかかった。
沈黙を経たあと、やがて顔を赤くして肩で荒く呼吸をする。

「な!? どういうことですか!? だって、あなたたち兄妹でしょう!」

「あんたも知っている通り、俺と沙菜は本当の兄妹じゃないからな。
そういう関係になったっておかしくないだろう」

「『そういう関係』って……あなたたち何を言ってるんだ!」

「……具体的に説明しようか? 俺と沙菜は――」

「そんなことが聞きたいんじゃない!」

とうとう感情を抑え切れなくなった翔が苛立ちを爆発させた。

「愛し合ってるとでも言いたいのか!? 狂ってる! 仮にもあなたたちは兄妹として暮らしてきたんでしょう!? どうしたらそんな関係になるっていうんだ!」

荒々しく叫ぶ翔を尻目に、私たちは沈黙で答える。
翔はいっそう不愉快に歯を食いしばった。