恋は天使の寝息のあとに

「ねぇ、翔」

私は静かに切り出した。

「やっぱり私たち、別れよう」

私の言葉に、翔は愕然としてソファから立ち上がった。


「それは、僕が父親失格だってこと?
君が付き合っている例の男の方が、心菜の父親に相応しいってこと?」

翔の言葉はわずかに震えていて、それが怒りなのか、悲しみなのか、絶望なのか、あるいは全てなのか――
とにかく、見たこともない、酷い表情をしていた。
魂が抜けた人形のような、壊れてしまった機械のような、そんなフラフラとした足取りで、私の元へやってくる。

「そんなの認めない!」

突然彼が大声を出して、私の腕を力強く掴んだ。
私はびくりと肩を竦める。
怖かった。
何をするかわからない、目の前まで迫った彼の瞳がそんな風に見えて。

「僕は君を愛してるんだ! 絶対離さない!
全て心菜が悪いんだ! あの子がいるから、僕と沙菜は上手くいかない!」

何故か翔の怒りの矛先が心菜へ向かってしまって、私は慌てて反論する。

「そういうことじゃない!
私と翔の関係は、離婚届に判を押した時点で終わってるんだよ!
私はもう、昔のように翔を愛せないし、翔だって、こんな状態じゃまともにやっていけない!」

私の言葉は彼に届いていないようだった。
彼は盲目に自分の考えを繰り返す。

「心菜さえいなければ、僕と君は昔のように戻れるのに」

そういって、彼は心菜のいる寝室を睨んだ。