恋は天使の寝息のあとに

私の決意も虚しく、じりじりと苛立ちを募らせる翔。
一ヶ月半経った頃、とうとう不満を爆発させた。


「いい加減にしてくれ!」

台所にいた私の耳に怒声が飛び込んできて、慌ててリビングへ駆けつけると、心菜の頭の上に、テーブルの上に、床の上に、バラバラと白いご飯粒が散らばっていた。
心菜がお茶碗を豪快にひっくり返したようだ。
心菜は自分の身体に付いたご飯粒できゃっきゃっと楽しそうに遊んでいる。

「食べ物で遊ぶなって言ってるんだ!」

叱る――というよりはヒステリックで、まるで泣き言だった。
翔は衝動のまま、心菜のスプーンをテーブルの上に叩きつける。
ガチャッと大きな音が響いて、その反動でグラスが倒れる。
中に入っていたお茶がテーブルの上にさぁっと広がって、端からポタポタと床へ零れ落ちる。
心菜が大きな声でわぁっと泣き出して、私は慌てて二人の元へ駆け寄った。

「翔、落ち着いて! あとは私がやるから」

翔を怖いだなんて考えている場合じゃなかった。
私は心菜を抱きかかえて、翔から距離を置く。
動転している彼を助けるため――ではなく、心菜を守るために。

振り返ると、翔のぞっとするような鋭い瞳。
やがて彼は私たちから目を逸らすと、不愉快そうに部屋を出て行った。
途中、彼の身体にソファの背もたれが引っかかって、彼は苛立たしげにそのソファを蹴り飛ばす。
ボスッという鈍い音。


一歩、また一歩と、破綻に近づいていく。そんな気がした。
少しずつ彼が壊れていく。
また昔に戻ってしまう。

どうして今を維持することはこんなにも難しいのだろう。
せっかくここまで三人で過ごしてきたのに。
恭弥を傷つけてまで、こうすることを選んだのに。

もうダメだなんて思いたくなかった。
明日はもしかしたら、明後日は――なんて
不安を押し殺しながら、心が折れるぎりぎりのところで希望にすがりついていた。