私の反応を見て、もう説得は十分だと感じたのだろう。
黙って立ち尽くしている私に翔は背を向ける。

「君がもし僕にもう一度チャンスをくれるなら、連絡して。
僕と、君と、娘と、本当に血の繋がった家族で、幸せな家庭を作りたいんだ」

そう言い残して、彼はゆっくりとリビングから姿を消した。
やがてバタンと玄関の扉の閉まる音が聞こえて、緊張の糸が切れた私はカーペットにへたり込んだ。


――相手が君じゃなかったら、もっと違う幸せを持てたのに――

思い出したくもない翔の言葉が頭の中でうるさく鳴り響く。

心菜の父親になって欲しいなんて。私は恭弥に酷いことを強いているのだろうか……?

……本当は、分かっている。
彼の未来を、私が奪っているということ。
彼が優しくしてくれるから、ついつい甘えてしまっていたけれど。
これが彼のためにならないことなんだって、とっくに気づいている。
頬を静かに涙が伝う。


ぎしぎしと階段の軋む音がして、心菜を抱きかかえた恭弥がリビングへ戻ってきた。

「沙菜、あいつ、帰ったのか? 玄関の閉まる音がしたけど――」

恭弥は、カーペットの上にへたり込む私を見つけると、ハッとしたように言葉を止めた。

「どうした? 何があった」

緊迫した声で私の前にしゃがみ込む。
私が涙を零していることに気が付くと、見る見るうちに表情が険しくなった。

「おい! 何されたんだ!」

恭弥は抱きかかえていた心菜を降ろし、私の両肩を掴む。

「沙菜!?」

必死に私を覗き込んでくる恭弥に、私は静かに首を振った。

「違うの。大丈夫だから……」

「大丈夫な訳、ないだろ、泣いてんじゃん」

恭弥が私の前髪を掻き分けて、心配そうに顔を近づける。