恭弥に抱かれながらリビングを出て行く心菜とすれ違って、翔は足を止める。

「……女の子だったんだね」

彼の呟きに私はうんざりとしてしまった。
名前どころか、性別まで知らなかったとは。
教えなかった私も私だが、聞いてすらこなかった翔も翔だ。

自分の子どもだっていうのに、全く興味が湧かなかったということか。
幻滅――というより諦めだろうか、私はがっくりと肩を落としたまま、翔の前に手のひらを差し出した。

「……家の鍵、渡したままだったんだね。とりあえず、返してくれる?」

「待ってくれ、謝らせて欲しい」

「今さら謝って、どうするつもり?」

私は毅然とした態度で彼を拒絶する。
正直に言えば、彼のことが怖い。
一見物腰柔らかく、虫も殺せぬような穏やかな表情をしているが、大きな声を出し乱暴に当り散らす姿を私は知っている。
けれど、脅えていることを悟られてはいけないから、なるべく冷静に振る舞おうと努めた。

翔はリビングのカーペットの上に膝を付くと、再び深々と腰を折って土下座した。

「全て僕が悪かった」

「……もう、いいです」

許すつもりもないし、今さら怒るつもりもない。
こうやっていること事態が時間の無駄だ。

投げやりに答えた私に彼は頭を下げ続ける。

「簡単に許してもらえるとは思ってない。一生かけて償っていくつもりだ。だから――」

彼が顔を上げた。真剣な眼差しで私を見つめる。

「どうか、僕とやり直してもらえないだろうか」

「っ!?」

私は驚きに目を見開いた。

もう縁を切った彼にそんなことを言われるとは思いもしなかった。
私たちとの関係を綺麗さっぱり忘れて、新しい彼女と、幸せな生活を送っていると思っていたから。