そこにはネイビーのトレンチコートの前をきっちりと留めた、どことなく几帳面な佇まいの男が立っていた。
鈍く光るチタンフレームの眼鏡。色素が薄くグレーがかった、きめ細やかな髪。色白で中世的な顔立ち。
男らしいという単語の似合わない彼は、恭弥と並ぶとその特徴がいっそう際立って、背は高いはずなのに、その線の細さと柔らかな物腰から一回り小さく見えた。
最後に会ったときと何も変わらないその姿。
忘れたはずの恐怖が蘇り、隣に立つ恭弥の服の裾をぎゅっと握り締めた。
彼は、私たちを捨てて出ていった男。
心菜の本当の父親。
翔。その人だった。
翔は私の顔を見るなり、しゃがみ込んで廊下に突っ伏した。
「沙菜! 悪かった!!」
床に頭をつけて――いわゆる土下座をして見せた。
「全て俺が悪かった! 本当に申し訳ないことをしたと思っている!
どうか、許して欲しい!」
翔の悲痛な声が家中に響き渡る。
今さら一体何を言っているのか。
ただ恭弥の服の裾をぎゅっと握り続けながら硬直していると、この状況を見かねた恭弥が、私を庇うように前へ立ち塞がった。
「あんたとの話は終わってるはずだ。悪いけど、もう二度と来ないでくれ」
恭弥のその口調は、冷静で、淡々としていて、落ち着いているように聞こえたけれど、その瞳はいつにも増して鋭く、私も震え上がる程の威圧感だった。
翔は顔を上げることなく、廊下に額をすり合わせたまま、必死に懇願する。
「お兄さん、どうか、沙菜さんと二人で話をさせてください!」
「二人で? 冗談」
恭弥は軽く笑い飛ばして、翔を冷たく見下ろした。
「妹に手を上げた男と、二人きりにさせられるわけないだろ」
恭弥の言葉に、かつて殴られた左頬がズキッと痛んだ気がして、私は頬に手を当てた。
鈍く光るチタンフレームの眼鏡。色素が薄くグレーがかった、きめ細やかな髪。色白で中世的な顔立ち。
男らしいという単語の似合わない彼は、恭弥と並ぶとその特徴がいっそう際立って、背は高いはずなのに、その線の細さと柔らかな物腰から一回り小さく見えた。
最後に会ったときと何も変わらないその姿。
忘れたはずの恐怖が蘇り、隣に立つ恭弥の服の裾をぎゅっと握り締めた。
彼は、私たちを捨てて出ていった男。
心菜の本当の父親。
翔。その人だった。
翔は私の顔を見るなり、しゃがみ込んで廊下に突っ伏した。
「沙菜! 悪かった!!」
床に頭をつけて――いわゆる土下座をして見せた。
「全て俺が悪かった! 本当に申し訳ないことをしたと思っている!
どうか、許して欲しい!」
翔の悲痛な声が家中に響き渡る。
今さら一体何を言っているのか。
ただ恭弥の服の裾をぎゅっと握り続けながら硬直していると、この状況を見かねた恭弥が、私を庇うように前へ立ち塞がった。
「あんたとの話は終わってるはずだ。悪いけど、もう二度と来ないでくれ」
恭弥のその口調は、冷静で、淡々としていて、落ち着いているように聞こえたけれど、その瞳はいつにも増して鋭く、私も震え上がる程の威圧感だった。
翔は顔を上げることなく、廊下に額をすり合わせたまま、必死に懇願する。
「お兄さん、どうか、沙菜さんと二人で話をさせてください!」
「二人で? 冗談」
恭弥は軽く笑い飛ばして、翔を冷たく見下ろした。
「妹に手を上げた男と、二人きりにさせられるわけないだろ」
恭弥の言葉に、かつて殴られた左頬がズキッと痛んだ気がして、私は頬に手を当てた。


