”葵” 遠くのほうで私を呼ぶ声がする。
”お前は強い子だね。そしていい子だ” 私の頭をなでながらそう繰り返すのは、私のことを育ててくれた父方の祖母だ。私が両親と兄をなくしてから、病気で亡くなるまでの二年間ずっと私を気に掛けてくれいた人。
眠れないという私に祖母はいつも幕末のお話を聞かせてくれた。命がけで大切なものを守ろうとした彼らのお話は、私にとって唯一心のよりどころになるものだった。祖母は彼らの話と同じくらい、私の家族の話もしてくれた。年の離れた兄と優しい父と母。
私は母親と同じ黄色味を帯びた珍しい瞳を持ち、茶色の長い髪が特徴的だ。祖母曰くこれは母親の家系に代々みられるものらしい。何でも、かの徳川 慶喜も同じような目と髪の色だったそうだ、と祖母は語った。
「色彩は母親譲りだけれど、見た目は父親に似ているのよ」と嬉しそうに話す祖母は、度々アルバムを引っ張り出してきては、いろいろな写真を見せてくれた。中でも小学校卒業間近の頃の父は、今の私にそっくりだった。私が男っぽい顔をしているのか、父が女顔なのかは、、、よくわからない。しかし、パーツが整っているのは父と母に感謝すべきだろう。良くも悪くも騒がれない容姿にしてくれたお陰で、この年までイジメられたことも男にちょっかいかけられることもなく過ごしてきた。両親や兄の容姿は写真で見て知っていても、もう声は覚えていない。覚えていないはずなのに時々懐かしさを感じさせる声で名前を呼ばれる夢を見る。
”葵…あおい…おい…”
あぁ…ほらまた、名前を呼ばれている…今度は誰が私のことを…
肩を揺さぶられるような感覚に意識がゆっくりと浮上する。
「おい!おいって!起きろよ」
「…起きないなぁ、結構すごい音したけど血は出てなさそうだし…まさか死んでないよね?」
すぐ近くで聞こえる声の一つは聞き覚えがある。ぺちぺちと頬をたたかれる感覚に私はゆっくりと目を開けた。
視界に入ってきたのは紺色の着物をまとった二人の青年で、どちらも腰に刀を差している。よかった、死んでなかったと口にした青年はニコリと優しく微笑んでいるが、その眼差しにはまるで獲物を観察するような鋭さがあった。もう一人、まだ幼い印象を受ける顔立ちの青年は、少し眉間にしわを寄せ、警戒心を隠そうともしていない。
「キミ、木の上で一体何をしていたのかな?ここが一体何処なのかわかってる?」
鋭い視線の青年に問いかけられ、私はまだ朦朧とする意識を必死に保ち、いいえとだけ答える。
そんな私の様子を見て、今度は自分の名前はわかるか、自分が何処にいるのかわかっているかと尋ねてきた。
名前はわかるが、ここが何処なのかわからない。”ここは何処ですか?”なんて聞いたら記憶をなくした人間に見えるだろうか。だが、今いる場所がわからないのでは帰りようもない。
「いおり…伊織 葵です。すみません…自分でも何でここに居るのか分からないんです。ここは何処ですか?」
この二人は整った顔をしているから役者か…?何にしても部外者見つけて警戒中って感じだよね…
「撮影の邪魔をしてしまったのでしたらすみません。」と謝る私に青年たちはきょとんとした顔で首をかしげた。まるで何のことだとでも言いたげな顔をしている。
「僕たちはただ、近藤派でも芹沢派でも家主さんの身内でもない怪しい人間が敷地内にいるのを見つけて捕まえに来たんだけど…ここが何処か、何でここに居るのか分からない、か…」
そう言うと優しく微笑む青年は少し思考を巡らせた後、「無駄な抵抗をせず自分について来い」と言った。怪しまれている以上断ることは得策でないと分かっていても着いて行くのは怖い。かといって断る勇気もないので渋々了承し、私は二人に従って歩き出した。
”お前は強い子だね。そしていい子だ” 私の頭をなでながらそう繰り返すのは、私のことを育ててくれた父方の祖母だ。私が両親と兄をなくしてから、病気で亡くなるまでの二年間ずっと私を気に掛けてくれいた人。
眠れないという私に祖母はいつも幕末のお話を聞かせてくれた。命がけで大切なものを守ろうとした彼らのお話は、私にとって唯一心のよりどころになるものだった。祖母は彼らの話と同じくらい、私の家族の話もしてくれた。年の離れた兄と優しい父と母。
私は母親と同じ黄色味を帯びた珍しい瞳を持ち、茶色の長い髪が特徴的だ。祖母曰くこれは母親の家系に代々みられるものらしい。何でも、かの徳川 慶喜も同じような目と髪の色だったそうだ、と祖母は語った。
「色彩は母親譲りだけれど、見た目は父親に似ているのよ」と嬉しそうに話す祖母は、度々アルバムを引っ張り出してきては、いろいろな写真を見せてくれた。中でも小学校卒業間近の頃の父は、今の私にそっくりだった。私が男っぽい顔をしているのか、父が女顔なのかは、、、よくわからない。しかし、パーツが整っているのは父と母に感謝すべきだろう。良くも悪くも騒がれない容姿にしてくれたお陰で、この年までイジメられたことも男にちょっかいかけられることもなく過ごしてきた。両親や兄の容姿は写真で見て知っていても、もう声は覚えていない。覚えていないはずなのに時々懐かしさを感じさせる声で名前を呼ばれる夢を見る。
”葵…あおい…おい…”
あぁ…ほらまた、名前を呼ばれている…今度は誰が私のことを…
肩を揺さぶられるような感覚に意識がゆっくりと浮上する。
「おい!おいって!起きろよ」
「…起きないなぁ、結構すごい音したけど血は出てなさそうだし…まさか死んでないよね?」
すぐ近くで聞こえる声の一つは聞き覚えがある。ぺちぺちと頬をたたかれる感覚に私はゆっくりと目を開けた。
視界に入ってきたのは紺色の着物をまとった二人の青年で、どちらも腰に刀を差している。よかった、死んでなかったと口にした青年はニコリと優しく微笑んでいるが、その眼差しにはまるで獲物を観察するような鋭さがあった。もう一人、まだ幼い印象を受ける顔立ちの青年は、少し眉間にしわを寄せ、警戒心を隠そうともしていない。
「キミ、木の上で一体何をしていたのかな?ここが一体何処なのかわかってる?」
鋭い視線の青年に問いかけられ、私はまだ朦朧とする意識を必死に保ち、いいえとだけ答える。
そんな私の様子を見て、今度は自分の名前はわかるか、自分が何処にいるのかわかっているかと尋ねてきた。
名前はわかるが、ここが何処なのかわからない。”ここは何処ですか?”なんて聞いたら記憶をなくした人間に見えるだろうか。だが、今いる場所がわからないのでは帰りようもない。
「いおり…伊織 葵です。すみません…自分でも何でここに居るのか分からないんです。ここは何処ですか?」
この二人は整った顔をしているから役者か…?何にしても部外者見つけて警戒中って感じだよね…
「撮影の邪魔をしてしまったのでしたらすみません。」と謝る私に青年たちはきょとんとした顔で首をかしげた。まるで何のことだとでも言いたげな顔をしている。
「僕たちはただ、近藤派でも芹沢派でも家主さんの身内でもない怪しい人間が敷地内にいるのを見つけて捕まえに来たんだけど…ここが何処か、何でここに居るのか分からない、か…」
そう言うと優しく微笑む青年は少し思考を巡らせた後、「無駄な抵抗をせず自分について来い」と言った。怪しまれている以上断ることは得策でないと分かっていても着いて行くのは怖い。かといって断る勇気もないので渋々了承し、私は二人に従って歩き出した。
