傍で誰かがすすり泣く声が聞こえる。これは女性のモノだ。土方さんのモノでもなさそうだ。一体誰が…?
 先ほどまでは眩しくて開けることが出来なかった目蓋をゆっくりと開けていくと目の前には真っ白な天井が、そして傍らには母親の姿があった。
 「…お母さん…?」
 「そうよ!友里!良かった!やっと目を覚ましてくれて!」
 「え?」
 私は…と言うか沖田の身体で生きていた私は死んだのではなかったのではないだろうか?
 「近所の人がすぐに救急車を呼んでくれてここは病院よ。良かった…事故に遭ってから二日間ずっと眠ったままだったんだから!」
 「…うん…ごめん、ね…」
 「意識が戻った。良かったですね、もう安心ですよ」
 母親に近くにいる白衣を着ているのは先ほどまで私の具合を確認していた医者らしい。久しく目にする…と言ってもきちんと腕を通したのは初めてだった制服はブレザーの上着は脱がされており、シャツとスカートという姿でベッドに横にされていた。栄養剤か何かの点滴は腕に刺されており、母の目元は赤く染まっており随分と心配を掛けてしまったようだ。
 …そう、交通事故に遭ったことが私が幕末の時代に行くことになるきっかけになったわけだが、どうやら戻って来たらしい。しかも、時間の感覚が合わないことから時間を随分と遡って戻ったらしい。
 沖田さんはどうしているだろうか…。沖田さんは、戻れたとしても戻る場所が…身体が無いはずだ。私のように時間を遡って元に戻ることが出来ていれば良いなと思った。本物の沖田総司という人物に会えた時間はとても短いものだったし、想像していた通り自分勝手な人で子どもっぽくて何の説明も無いまま別れることになってしまったけれど、彼も良い人生を歩んでくれれば良いと思った。
 沖田さんのことを考えているとコンコンと病室のドアをノックされると同時に車椅子に乗った、私よりも歳下に見える少女が病室に顔を出してきた。その顔は少しホッとしたものが浮かんでいた。
 「…目が、覚めたんですね。良かった…。そして、コレを…良ければ貴女に持っていて欲しいのです…」
 そう言いながら少女が車椅子の背に立てかけていた風呂敷に包まれた長細いモノを私に差し出してきた。母も医者もいきなり少女が現れたことにびっくりしているし、私も少女とは面識が無かったものだから目を丸くしてしまった。
 「コレは…?」
 「……信じてくれはしないでしょうが…コレは、ずっと昔に…貴女によって私の手元に送り届けられたモノです。今の私には必要のないものですからどうか、貴女に持っていてもらいたいのです」
 打ち付けられた身体はまだあちこち少し痛むもののまったく動けないものではなかったから上半身を起こすと少女から受け取った風呂敷を縛る紐を解くとそこには大分昔のモノと思われる刀がふた振り存在していた。しかも、その刀はどこか見覚えのあるものだったために刀と少女の顔を交互に見比べてしまう。
 「…弟のモノだったのですが…私には必要ないので…藤原友里さん。貴女は弟の…いえ、私たちの何代も未来の血縁者なのです。どうか、弟の代わりに大事にしてあげてください」
 「え、ちょ…それって…まさか…!」
 「かつては沖田総司…新選組に所属していた組長が使っていたとされている刀です。では、私は失礼させてもらいますね?」
 「……勝手にやって来て、こんな物騒なものを押し付けて帰っていくなんて変な子…友里?どうしたの?どこか痛むの?」
 「ううん。違う、の…嬉しさと悲しさが一緒に来た感じ、かな」
 この重み。
 私は忘れもしない。
 屯所の中では時間があるときには手入れをおこなっていたのだから。そっと鞘から刀身を抜いてみると銀光りする刃はまったく錆びることもなく今でも健在で人なんて簡単に斬れてしまいそうだ。
 「…ご先祖様の大事な刀みたい。…お母さん、この刀…大事にしようね!」
 私はこの刀を見るたびに沖田さん…ううん、新選組のことを思い出すだろう。
 労咳という幕末の時代では死病とされていた病を体験してみるのも運が悪いと考える人もいるかもしれないが、私としては貴重な体験をしたと思う。今となっては長い長い…とても長い夢を見た気分だ。
 幕末時代では見ることが出来なかった桜が病室の窓から目にすることが出来た。
 沖田総司として新選組の一員として過ごした、なんてきっと誰に話してみても信じてはくれないだろう。だからこそ、私の胸の内だけで大切な思い出にしていこうと思う。私は事故に遭ってしまったせいで高校の入学式こそ出られなかったもののこれから新たな人生を歩んで行くのだ。
 私が私として生きていく時間を大切に過ごしていこう。それは新選組にいたときに教えられたものだから。