引越しをするといっても特に沖田の私物らしい私物は少ないものだったし、唯一の私物といったら愛用していた刀ぐらいだった。衣類や生活に必要なものは斎藤さんが他の隊士たちと一緒に西本願寺に移動する際に持ち運ぶという予定だったので、私は斎藤さんとともに誰よりも早く八木邸の屯所から西本願寺へと移動することにした。
 すっかり斎藤さんと一緒に行動することは慣れてしまって、こうして街中を移動するのも当たり前のようになってしまった。と言っても最近は身体の具合のこともあって街中に出掛ける機会も少なくなってしまったが、時折差し入れとして斎藤さんが甘味屋でお団子やお饅頭といった菓子を部屋に届けてくれるのは非情に有り難かった。
 ただ、西本願寺と言えばやはり寺。お坊さん相手に新選組の新たな屯所として使わせてくれるようにどのように頼み込んだのか不思議でならない。細かなところは斎藤さんも把握していないようで実情は分からないままだったけれど、まさか力づくで刀を突きつけながら押し迫った…なんてことはさすがの土方さんでもしないだろう。言葉巧みに西本願寺を貸してもらうように頼み込んだに違いない。お坊さんだって新選組の組織のことぐらいは把握しているだろうし、鬼の副長に頼み込まれたら嫌とは言えなかったのかもしれない。内心では迷惑がっていたとしても拒絶すればそれこそ力づくで占拠するという方法もあったのかもしれない。
 「元々、ここら辺の地域には詳しくないんだけど…どこを見ても同じような造り…」
 ついポロッと考えが口に出てしまったのを斎藤さんが逃すことは無かった。
 「最初は誰でもそう思うだろう。ただ、道なりは単純なため一度覚えてしまえば身体が慣れてくるはずだ」
 「…まぁ、あんまり出掛ける機会は作れないと思うけど、ね…」
 八木邸の屯所の中では襖を閉めていても廊下を歩く隊士たちの足音、話し声といったものがあちらこちらから聞こえてきたものだ。しかし、西本願寺では私が過ごす部屋は端になると土方さんは言っていたし、生活の音というものはほとんど聞こえなくなってしまうだろう。そう考えるとやはり隔離されることに寂しさを感じた。
 「医師から処方された薬があるだろう?それをきちんと飲んで安静にしていれば余程のことがない限り、オレたちに感染することはない。毎日稽古をおこなっているのだからな。…オレも合間を見てはお前の様子を見に行く」
 私と斎藤さんの二人だけが西本願寺を目指して歩を進めていてもやはり街中の人たちからの視線は集まっていることに気が付いた。やはり新選組幹部の名は知れ渡っているらしい。喜ばしいことでもあるかもしれないし、町人からすれば迷惑者かもしれない。今は二人で先に引越しを行うのだが後々になって多くの人の集まりが移動をするとなると余計に街中は何事か?とパニックになるかもしれない。
 「あー、はは…そうしてくれると嬉しいかな。やっぱり一人ぼっちでいると退屈しちゃいそうだしね」
 「…あぁ、ここが西本願寺だ」
 どれぐらい歩いただろうか、決して近い距離では無かった気がするけれど斎藤さんと会話を交わしながらの道のりは退屈でも大変なものでも無かったからあっという間に着いてしまった気がする。事前に話しがついていたらしく、お寺の住職さんは渋々といった様子ながらも私たちを迎えてくれた。きっと二人だけの訪問だったからまだ明るい雰囲気で迎えてくれたのかもしれないが、これが大所帯で訪れることになれば尻込みしてしまうだろう。
 「こちらの都合で、先にオレと総司…本日から世話になる」
 ほとんど荷物らしい荷物など無く、これがこの時代の引越しなのか?と思ってしまったが、私物や生活面で必要なものはまた後日持ち込んで来るというらしい。引越しで必要なのは何よりも男手だから新選組の引越しは大分楽なものになるだろう。少しでも手を抜いていたり、サボっていれば鬼の副長からの喝が入るだろうからみんな気合を入れて引越し作業を進めるはずだ。
 「お前が過ごすことになる部屋はこっちだ」
 「あ、うん…」
 やっぱり、広いなぁ。初めて八木邸で過ごしていた数日の間も慣れなくて、一瞬迷いそうになりながら結局あちこち探検するのは諦めて自室で過ごすことにしてしまったけれど、この西本願寺で生活していくとなるとやはりどこもかしこも慣れるまでは迷いそうだ。曲がり角一つ間違えてしまうだけで自分のいる位置を見失ってしまいそうになる。病人だから大人しく宛てがわれた部屋で過ごすしかなさそうだ。
 「…やっぱりここも掃除が必要だろうね…」
 病のせいではなく、単に埃っぽいから出る軽い咳をすれば引越し作業の前に隊員総出で大掃除でもすればもっと過ごしやすくなるのに…と内心で呟いてみた。お寺だから隅々まで綺麗に掃除されているイメージが強かったけれど、そうでもなかったらしい。小耳に挟んだ情報ではこの西本願寺は長州藩士…つまりは新選組と敵対している勢力と繋がっていた可能性もあることでわざわざ土方さんたちはこの場所を選んで移動先に考えたとも言われている。
 端の一室の前で斎藤さんが足を止めるとその襖の開かれた先が私が生活を始めていく部屋だということが分かった。ただ端であれば良いというわけではないらしく、わざわざ土方さんは私に気を遣ってくれたのか、この部屋を出た軒先からは外の景色を良く目にすることが出来、遠くの視界には隊士たちの稽古具合も確認することが出来るらしい。ちょっとしたことかもしれないけれど新選組の生活音が聞こえるのは土方さんなりの気遣いとして有り難く受け取って置くことにした。
 「…はぁー…今日からここで生活していくんだ…」
 「オレの部屋もお前の部屋の近くにしてもらった。これで何かあればすぐにオレを呼べるだろう?」
 「…土方さんもだけどさ…一くんも、心配性だよね?…まだ、大丈夫だよ。…と言うか出来ることなら本来の沖田に戻りたいぐらい…そういう文句はいくらでも吐けるほど元気だからさ」
 「余計な世話だったらすまない」
 「いやいや、嬉しい。嬉しいって!…なんていうかギャップが…」
 「ぎゃ…ぷ?」
 「うーん…意外な一面って言うのかな?」
 現代では当たり前のように言葉にしているカタカナ語、横文字の類もこの時代ではなかなか通じないからすぐに会話の内容を理解してもらえないから困ったものだ。いちいち伝わるように意味を考えなきゃいけないっていうのも自分の言語力とか国語力の無さがありありと分かってしまって切なくなった。
 「土方さんは厳しいって人の印象が強くて一くんは刀好きで真面目…だけど、優しい一面はやっぱり持ってるんだなって思って安心したってことだよ」
 もしかしたら土方さんの厳しさは根が優しいからこそ表向きには厳しい人間であるということを演じているものかもしれないし、真面目な斎藤さんも優しい人間だけど不器用でなかなか表に出すことが出来ない…根本的には似ている二人なのかもしれないと思った。