労咳というものを患ってしまうと多くの医者は少しでも空気の良い場所に移り住むことで少しでも寿命を永らえさせるように告げるそうだ。少しでも自分のやりたいことをやらせるために、長い時間を生きることに費やすためにそう判断させるらしいのだが、私の場合はどうなるのだろう?
 「オレは、やはり新選組から離れて住み良い地域で静養したほうが良いと思う。土方さんもおそらく同じ意見だろう」
 「…その気持ちは嬉しいんだけど、さ。…やっぱりそういうのは違うと思うんだよね」
 「違う?」
 「…私だったらこんな若くして死ぬのは嫌だから静養して過ごしちゃうのかもしれないけれど、それって沖田総司らしくないと思う。だから違うって思った」
 「そんなことを言っている場合ではないと思うのだが…」
 「だって、いつ沖田が戻って来るか分からないんだよ?!もしかしたら明日目を覚ましたら沖田に戻ってるかもしれない。…目が覚めたときに、自分が新選組とは違う場所で過ごしていたら…きっと悲しむと思う」
 私の身体のことだったら病に怯えて、病と闘うことを逃げていただろう。だから静養の道を選んでしまう。けれど、この身体は本来ならば沖田総司という人間の身体なのだ。そして沖田のことを考えたらきっと彼はずっと新選組のなかで過ごしたいと思うのだ。そして死ぬときも新選組とともに死にたいと思うはずだ。
 「一くんだったら、どう思う?やっぱり新選組に…ここにいたいと思わない?」
 「……オレも、やはり…死ぬまで新選組にいたいと思う…」
 「ほら!」
 新選組のために命をかけている隊士たちは多いだろう。きっと沖田も同じ考えだとすれば斎藤さんだって同じはずだ。だから確認するために問い掛けてみればやっぱり同じ考えの持ち主だった。みんなどんだけ新選組好きなんだよ~って感じだけどね。
 だけれど、上はどのように判断するだろうか。
 新選組のなかで労咳を患った幹部がいると分かれば他の隊士たちに移さないよう、土方さんたちは何らかの処置を取ってくるだろう。完全隔離…されてしまうことはさすがに無いかもしれないが、それに近い処置を取られてしまうかもしれない。それで新選組にいることになるのか?と問われると答えに詰まってしまうけれど、それでも見知らぬ土地に一人で安静に過ごすよりはマシだ。
 「だがな、お前には刀を振るわせねぇぞ」
 ぴしっと思わず身体が石のように固まってしまうほど厳しい声が聴覚を刺激したかと思えば開けられた襖から土方さんが顔を出してきた。やはり医者から病のことを聞かされたらしくいつも以上に表情が厳しいものになっている。機嫌が悪いのは声色を聞いただけで分かったが、改めて土方さんの顔を見上げるとさすがに鬼の副長と言われているだけのことはあった。いつもの私だったら怯えて何も言えなかっただろう。だけど、今は沖田の身体を借りている身だ。
 「やだなぁ、土方さん。私に…刀を持たせないことぐらい最初から分かってましたよ。一くんから私のこと聞いたんですよね?…本来の私は刀なんて振るうことは疎か人を斬るなんてことも出来ませんよ。心配しなくても戦地に立ちたいわけじゃないんです…それでも…ここに…新選組にいさせてください!」
 もしかしたら私が土方さんにきちんと頭を下げるのは出会って初めてだったかもしれない。座り込んだままの態勢では失礼だとは思ったが、それでも深く頭を下げてもう少しで畳に額を付けてしまいそうなぐらいに頭を下げて頼み込んだ。
 「…顔を上げろ」
 もしかしたら土方さんが部屋を出て行くまで顔を伏せた状態をキープしなければいけないのかな?と思っていたら土方さんから顔を上げるように言われると、あれ?頭ってこんなに重かったっけ?と思いながらゆっくりと顔を上げるといつの間にか距離を縮めて来ていた土方さんの顔を目の前にすると眉を下げて苦笑いしている表情に目が点になってしまった。
 「…あ、の…?」
 「…別にお前をここから追い払うような真似はしねぇから安心しろ。まぁ、戦地には立たせてやれないってだけでいつもの総司だったら怒り狂うかもしれねぇが…今のお前には刀を握らなくても出来ることの一つや二つぐらいあるかもしれねぇだろ?お前も新選組の一員なんだよ。未だに信じられねぇって顔をしてる幹部もいるが、お前の事情はあらかた話しちまった。悪ぃな。…今まで以上に部屋に引きこもる時間も増えるかもしれねぇ。新選組には多くの隊士が集まってる組織だからな。病気が感染しちまうようなことだけは避けなきゃならねぇんだ」
 土方さんの言うことは至極当たり前のことだった。多くの隊士たちを集め、まとめていく役割を担っているからこそ時には残酷な命令を下すこともあるし、自分が憎まれ役になることも覚悟しなければならない。それが多くの人たちの上に立つという人間の定めなのだ。うんうん、と相槌を打ちながら土方さんの言葉を聞きながらチラッと斎藤さんの様子を伺ってみると同じように土方さんの言葉に静かに耳を立てていた。
 「隔離…とまではいかねぇが、屯所の端にお前の部屋を用意させる。ここだと多くの隊士たちも通り掛かることもあるからな。それだけは我慢してくれ。ちょうど隊士たちが増えてきたもんで隊士たちを落ち着かせる場所に目処がついたところだ。斎藤、西本願寺へ移動の際にはコイツのことを手伝ってやってくれ」
 「承知しました」
 西本願寺。
 ちょっと聞いたことがある。京都では有名なお寺の一つだ。もちろん新選組が屯所として利用していたことで歴史好きな人間の間では有名な観光地の一つだった気がする。ちなみに今、私たちが屯所として利用しているのは壬生の八木邸というらしい。と言っても大きな組織である新選組が西本願寺へ引越しをするというのだからかなり大掛かりな作業となるだろう。…ちょっと考えただけでうんざりしてしまいそうなほどの作業になりそうだ。
 「あの、別に動き回れないってほどじゃないので自分で自分のことは出来るんですけど…」
 「そういう意味じゃなくてな…幹部連中にはお前のことは話した。風邪っつー建前で今は隊士たちも納得してるが、そんなヤツがノコノコ引越し作業で出回ってみろ。風邪は嘘だって分かっちまうだろうが。だから先に斎藤と西本願寺に行ってろって意味だ」
 なるほど。
 池田屋での一件以来、私が女になったということは幹部にしか話していないし、隊士たちには風邪で寝込んでいるということが広まっているらしい。だからこそフラフラと引越しするとはいっても手を出したり、顔を出すことは避けたほうが良いらしい。
 ちょっと埃っぽくてとても衛生面に優れている場所とは言えなかったけれど、それでも初めて目を覚まして今まで過ごしてきたこの屯所から離れることになってしまうのは少々残念な気がした。