どうやら看護婦が持ってきてくれたこの本とやらは歴史の史実に則ったとされている歴史書らしいのだが諸説ある内容も記載されているらしく、全てが全て正しい内容のものを記されているわけではないらしいのだが、それでも年代や新選組が襲撃した季節などは的確なものでボクは自分の所属している組織のことなのに他人事のように楽しんで読み進めていってしまった。
 新選組の始まりを記載してあるということは、もちろん最期まで記載している本だった。本当にそんな終わり方をするの?!と言いたくなるようなものもあったし、ボクが病でまともに戦地に赴くことも出来なかったことも記載されているのを見るとこの本はどこぞのお偉いさんが書いているものでそれに従って新選組は活動を行っているのではないか?とも思われた。
 いや、そう思いたかった。
 平成。
 見たこともない年号の間にこの本は書かれたものらしい。ボクたちの存在していた時代はもちろん文久や元治といった年号なら聞いたことがあるけれど平成って…一体ボクたちのいた時代から何年経ってしまっている時代なのだろう?ボクが寝ていたらしい数日間の中でそう何度も時代名が変わってしまうなんて普通なら有り得ない。
 「…この内容が本当のものなら…」
 新選組という組織はもう存在していない。土方さんなどといった名は歴史上の有名人物としてすぐに名を思い出せるようだし、きちんとしたお墓も設けられているという話しが頁の終わりには記載があった。どうやらボクもその内の一人として見られてしまったようだが歴史好きな若い子たちの間では新選組の人気が高いらしい。単なる人斬り集団だった組織に人気が高まるというのも不思議な感覚だったけれどちょっと嬉しく思う部分もあった。
 正直、いつ誰が組織を裏切り、襲撃に遭っては被害を被り、命を落としていく…。
 こんな話し、身近な人たちのことが書籍におさまっていたら俄かには信じられなかっただろう。けれど、なぜかボクには不思議と胸の中にスッとおさまるものばかりで特に取り乱すことは無かった。
 今、この時代では文久なんてかなり昔の時代のことで、新選組も歴史上に存在していた組織の一つ。たったそれだけのことのようだ。
 こうして、軽く物事を捉えてしまうのはボクの性格らしい。他の人だったら…きっと土方さん辺りがこの本の内容を目にしたらその歴史を覆してしまいそうな考えや行動に移るかもしれないし、新選組に被害が出るような出来事が事前に分かっているのであれば少しでも被害を最小限に食い止めるよう最善を尽くすのだろう。
 不思議だな。
 新選組という場所はボクにとって重要な場所、組織。一番組組長という立ち位置があってこその沖田総司、という人物だというのに。
 一番、ボクのような人物にこそ未来が分かってしまっている本というものは見せないほうが良いのだろう。ボクは特に何かしようとも思わない。ただ、目の前に敵がいるのならば斬り捨てるだけ。ただ、それだけの人物なのだ、沖田総司という男は。
 「美少年剣士?最強?…はは、笑っちゃうよね」
 他の隊士よりも正直自分の腕のほうが刀は扱いが上手い自信はある。剣術でこそ、自分の存在を証明することが出来ると自負している。けれど、あまりにもおかしい「沖田総司」という男を記載している文章に笑ってしまった。こんなに自分は良い人間ではない。他人に誇れるような人間ではないのだ。
 親のように慕っていた近藤さんがあまりにも早くに命を落としてしまう記述には少しばかり鼓動を速めたけれど、ボクもそのうち近藤さんの元に逝くことが出来ると思えばあまり死ぬということに対して恐怖は無かった。寧ろ今、この時代にいるボクという存在が不思議でならなかった。
 一通り目を通した本をぱたんと閉じるとまるでボクだけ置いてみんな逝ってしまったことに悔しさが募った。
 どうしてここにボクだけがいるのだろう?
 手持ち無沙汰になったところで再び携帯を手にしてあちこちいじってみると明かりが付き、使用方法が分からないなりにあちこち操作をしてみれば意外と単純な造りになっていて母親らしい女性が言っていた電話やメールといった仕方もあらかた覚えることが出来てしまった。
 ボクの、本来の身体は今頃どうなっているだろうか?
 自分自身の心配をしながらもこの女の子の魂とやらもどうなっているのか気になってしまった。まさか、時代を越えて他人の魂が入れ替わるなんてことは有り得ないとは思うのだけれど、ボクはまさにそれにあたる出来事が出来てしまった。この身体の本来の持ち主でもある女の子の魂が万が一にでもボク本来の身体の中に入ってしまったのだとしたら大変なことになるだろう。
 どうやらこの時代は平和そうだ。それは人の気配とか過ごし方とかでなんとなく伝わってくる。ボクのいた時代は昼間はまだマシなほうだけれど夜の一人歩きなんて滅多なことでもなければ好んでする者はいない。人斬りのボクが言うのもアレだけれど、危険な時代なのだ。
 「…大丈夫、かなぁ…」
 平和過ぎるのも窮屈なものだ。窮屈な時代の中で死ぬぐらいだったら、ボクとしては戦地で命を落としたほうが何倍もマシだ。
 目が覚めてこの見知らぬ女の子の身体の中に魂が入るぐらいだからまた眠れば元の、ボクがいるべき時代に戻ることが出来るだろうか?
 ボクの身体は今何かと厄介なことになっているから入ってしまった魂が可哀想だ。ボクのように目覚めていたらきっと労咳の症状が出ている頃だろう。日に日にその症状は重みを増してくる。自分の命の灯火が今にも消えてしまいそうな時間を過ごしていくのだ。平和な時代に生まれた子にはツライ時間となるだろう。
 「…戻れたら、良いのになぁ…」
 点滴が終わるまでまだ時間は掛かるだろう。
 昼餉…昼食の時間までもまだまだ時間は掛かりそうだ。
 屯所で暇なときには子どもたちと遊んだり昼寝も簡単にすることが出来たのに、今はなぜかまったく眠れない。先ほどまでずっと寝ていたせいか、それとも本来ならば知ることが許されない新選組にこれから起こるであろう事実を本を通して目にしてしまったからだろうか。
 襖ではない。窓を通して外の景色を眺めると雲一つ見当たらない快晴だった。