まず、ボクはなぜか藤原友里と呼ばれていること。身体も女の子のモノになっちゃってるし、どこの診療所に運び込まれたのかも分からない。
 こういうとき、決まって世話焼きな土方さんや近藤さん辺りがボクの顔を見に来てくれるようなものだがそれらしい姿が部屋に訪れる気配が無い。
 …え、まさかボク新選組から追放されちゃったとか?
 …一応、池田屋では何名かの攘夷志士を斬ることが出来たし成果がまったくあげられなかったというわけではなかったと思うけど…討ち入りの途中で倒れてみっともない所をさらけ出してしまったらそれも有り得るかも…。
 京に来たばかりの頃に底冷えのする冬を迎えたボクは高熱に魘されることがあった。そのとき、なるべく自分の弱さというものを他人には見せたくないものだから必死に我慢していたけれどなぜか土方さんと一くんには簡単に見破られてしまってすぐに布団に寝かされ大人しく過ごすように念を押して看病をされた記憶がある。熱を出すぐらい大したことでもないのに土方さんと一くんは心配そうにボクの部屋にやって来てくれて様子をみてくれた。
 それなのに!
 なんで今はいないわけ?!
 ちょっとだけ苛々してしまった。こういうときこそ土方さんや一くんといった博識で説明上手な人たちの存在は欠かせないでしょ?
 袴でもなければ着流しでもない自分の着せられている布地にも落ち着かないし、愛刀が傍に無いというだけで不安が募る。
 戦地では少しでも油断をすればそれが自分の命に関わるから。だからこそボクの使用しているふた振りの刀は友人や家族以上に大切な存在だった。
 腕に刺されている管は栄養剤か何かだとは思うがもしも先ほどの医者がボクのことを暗殺しようとしている志士が何かだったとしたら今すぐに引き抜いてしまいたい。母親らしい女性だって、実は攘夷志士関連の間者か何かだとしたら…一人にしてもらって良かったかもしれない。今、ボクは上半身を起き上がらせることだけで精一杯の身だ。襲撃されたらひとたまりも無く命を落としてしまうだろう。
 「…とう、きょう…東京って言ってたっけ…」
 面倒くさいけれど、ここは自分がなんとかしなければ何も始まらない気がした。
 「く…っ、ちょ…重…!」
 確か事故に遭っていたと言っていたが、どんな事故に遭えばこれほどまでに身体を少しでも動かすことが億劫になるんだろう。
 骨は…たぶん、折れていないはずだ。簡単に身体のあちこちを動かしてみると捻挫や打撲を処置されているっぽい。だけれど、ここまで身体が重く感じられるものだろうか?
 …そう言えばここ最近、身体の様子が良くなかったことを思い出す。
 軽い咳も出ていたし、また風邪かな?とも思えたけれどさすがに風邪を患うには季節外れのような気がした。
 池田屋の討ち入りの際、今でもはっきり思い出すことが出来る。何名かの命を奪っていったときのことだった。まるで斬り捨てた人たちの仕返しでもあるかのようにボクは喀血してそのまま意識を失ったのだ。その瞬間、嫌な予感がした。
 労咳。
 京の都では死病として恐れられている病の一つだ。
 もしかして、自分はその病を知らず知らずのうちに患ってしまっていたのかもしれない…と思っていたところに見知らぬ天井と記憶に無い女性の存在に加えて自分の身体の変化。
 幸い、今は労咳特有の胸の苦しさや咳といったものは出ていないが…。
 身体が重く感じるのは数日もの間寝込んでいたことで筋肉でも固まってしまったのかと勝手に解釈することにした。それに、この身体は柔らかい。女の子の身体だから柔らかいのかもしれないけれど、ボクは日々剣術の稽古を行っていたから筋肉が付いていた。そう、鍛えられている身体のものではなかったのだ。
 「…抜きたいけど、…怒られちゃう…かな…?」
 管を通って腕に差し込まれている栄養剤を見上げるとまだ終わる様子は見られない。だけど新選組が今どうなっているかもとても気になる。
 他のみんなは?
 討ち入りが失敗した…なんてとてもじゃないけれど考えられなかったけど、屯所で一緒に過ごしてきた人たちのことがとても気になってしまう。
 土方さんは今頃会津藩とのやり取りで忙しく過ごしているだろうか…?
 一くんは刀の手入れをしながらも稽古に取り組んで真面目に雑務をこなしているだろうか…?
 今まで他人のやること、他人からどう見られているのかなんて特に気にしたことはなかった。自分がどう動こうとも新選組に迷惑がかからなければ大丈夫、どう見られていたって平気。周りの意見をもっと聞いて動けと注意されることも少なくはなかったけれど、他の幹部よりも自由に動いてきたものだから尚のことよく分からない状況に置かれている今他のことが気になってしまう。
 「…何かあったら呼び出せ、か…。…新選組はどうなっているか聞いてみようかな…」
 枕元に視線を向けると「ナースコール」と横文字が並んでいる部分を見つけた。これで医者を呼び出すことが出来るのだろうか?試しに手を伸ばしてみるとちょっとした力を加えるだけで凹んだ箇所に一瞬壊してしまったのか?!と思ったけれど壊れた様子は無くてホッとした。
 すると慌てた様子で医者と白衣…とはまた違ったものみたいだが清潔感のある着衣を身に付けている女性がやって来た。母親らしい女性とはまた違う女性だった。
 「どうしました?!何か痛むところでも?!」
 なんでそんなに慌てた様子を見せているのかボクは分からなかったけれど、目の前で焦りを浮かべている女性の様子があまりにも滑稽に思えてしまってクスクスと笑い出していると弱く首を左右に振った。
 「いえ、大丈夫なんですけどね?…えーっと…ちょっと知りたいことがあって…新選組っていう組織についてなんですけど…」
 「…新選組?」
 「…え、えぇ…ふとどうなっているのかなぁって思って…興味があるんですよ。彼らに」
 ボクは何かマズイことでも口走ってしまったのだろうか?ボクが新選組を口にするたびに医者も目の前の女性も目を丸くしている。
 「……あ、あぁ。日本史に興味があるんですね?だったら本を借りられますからご用意しましょうか?」
 「本…?」
 どうにも噛み合わない会話に今度はボクが目を丸くする番となった。本…おそらく書物のことだと思うけれど、新選組のことが知りたいのになぜ急に書籍の話しになった?今、新選組がどうなっているのか知りたいだけなのにわざわざ書籍に目を通せというのだろうか?
 「新選組のことについて書かれている本なら病院内に設けている読書スペースにもあったと思いますからそれで良ければお持ちしますよ」
 「…あの!…これ、まだ外しちゃ駄目ですか?」
 「もちろん駄目です」
 医者は女性とボクとの会話のやり取りを数歩離れた位置から眺めていたが少しでも早く腕に刺さったままの管を抜いて欲しくて話題を振ってみたもののあっさりと駄目出しをされてしまった。
 「ずっと寝込んだままだったんですからね?!せめてこれだけは終わるまで大人しくしていてください。本なら私がお持ちしますから」
 …ケチ。
 ちょっと口に出すことは出来なかったけれど、ボクと同じぐらいだろうか医者よりも全然年齢的に若そうな女性はケチな印象を持った。
 「今日のお昼からは普通の食事をお持ちしますから。…あ、点滴は必要無いって思ってます?これも身体には必要なものなんですからね?!」
 腕にぶっ刺さってる…コレ、点滴って言うんだ…。治療器具のこともあんまり興味無いからきっと博識な人だったら当たり前に名前ぐらい知っていたのかもしれないけれど、ボクにとっては初めてまともに名を聞いたものだった。
 「え、あ…分かり、ました…」
 ボクには姉が二人いた。
 小さな頃に道場に入ってから別れることになったからもう容姿を思い出そうとしてもなかなか上手くいかない。でも、とても優しくて厳しかったことだけは思い出せる。年上の女性に対してそんな印象を抱くことが多くなってしまったボクは目の前の女性…看護婦の言うことに渋々従い頷くことしか出来なかった。彼女はこの病院で勤めている看護婦の中でも特に気が強い看護婦であることを帰り際に医者の口から小声で聞かされたときには自分の運の無さに苦笑いしてしまった。
 「…それにしても書籍で新選組のことを知るって…一体どういうことだろ…?」
 新選組のことは世の中であまり良い目で見られていないということは良く分かる。市中見回りの際に新選組の証でもある浅葱色の羽織を身に付けて街中に出掛けていくのだが町に住む人たちの反応は大なり小なりあるもののあまり良いものではない。寧ろ人斬り集団という悪い印象を付けられてしまっていることのほうが多いだろう。実際、人を斬ることを仕事としているようなものだから間違ってはいないけどね。
 そんな組織をわざわざ書籍に書き上げるほど注目されていたということなのだろうか?良い意味でも悪い意味でもボクたち新選組の名が世の中に広がっていくことできっと攘夷志士たちの活動は抑えることが出来るだろうし、世の中の景気といったものももう少し良くなるかもしれない。
 「はい、お待たせ。この本が一番新選組のことについて記されている本じゃないかしら?でも、急に新選組のことが知りたいだなんて…あなたも歴史好きな女の子だったのかしらね?」
 決して厚い書籍とは言えない一冊の本を持ってきてくれた看護婦に一応感謝の言葉を述べると早速頁を捲っていくが明らかに不審な点がある。
 それは、これから起こるであろう出来事までもが記されていることだった。
 新選組の成り立ちについてはボクも多かれ少なかれ知っていることだったが、詳細が記されており、きちんと局長や副長をはじめとしてボクや一くんたちを含めた幹部の関係者たちの名前もしっかりと記載されていた。
 先日、行われたばかりの池田屋への討ち入りに関しても「池田屋事件」としての記述があり、そこには討ち入りの際にボクが喀血をして途中で戦線を離脱してしまったとの記載もある。
 更に読み進めていくと知りたくはなかった新選組の最期に目を通していけばなんとも悲しい幕引きに目を丸くすることとなった。