冷たい冬の風、いつもの排気ガス混じりの空気とは違う、澄んだ空気を肺に吸い込んだ。
磯の香りが感じられる。二人で並んで海を眺める。恋人でも友人の距離でもない、二人の間の隙間が私たちの関係をありありと示している。


「この景色、忘れるなよ。」


隣にならんだ君を見て、なぜだか泣きたくなるほどに悲しくなった。
広がる夕焼けに、君が連れて行かれるような気がしていたのかもしれない。

突然抱き締められた。君の香りに包まれ、安心して笑ってしまった。

過去に囚われず、君とこのまま逃げ出せたらどんなに幸せだろうか。
君と未来を築けたなら、私は私になれるのだろうか。
混沌とした瞳で君を見れば、頼もしい笑顔。何度も私を助けてくれた君の笑顔だ。


「あざみ、過去なんて忘れろ。今を俺と生きてくれ。」


綺麗な紫色の輝く瞳。そこに写る私はどんな表情をしているのだろうか。
段々と二人の距離が縮まる。長い睫に囲われた綺麗な瞳は閉じられ、中性的な美貌の君の顔が近くにある。波音と私と君だけがこの世界にいるみたいだ。


だけど私の唇と、君の唇の距離が零になる前に私は手で君の唇を塞いでしまった。


私達は気安く別れるにはお互いに愛し合いすぎていた。
だが、共に逃げるほどに大人にはなれなかった。



君は静かに顔を遠ざけた。
悲しみを湛えた瞳ながらも、それでも笑おうとしている君。綺麗な君を私は今でも覚えている。




────未来への献花─────