一人理事長室へと向かい、その豪華絢爛なドアを叩くあざみ。
この学園の理事長は遷宮家分家の離宮家が勤めることが通例であり、三年前から今代の理事長を勤めるのは離宮家が次男の離宮 一尉(リキュウ イチイ)。二十九歳である。


「呼び出しを受けました、あざみです。一尉さん、入りますよ。」


了承の返事が聞こえた後にドアを開けば、机に脚を乗せて居眠りをしていたと言わんばかりに机から脚を下ろす青年の姿。
後ろに撫で付けられた茶色の髪が少し乱れている。この青年こそ理事長だ。


「あざみ君、そこに掛けたまえ。」


黒のビロードの三人掛けソファーを指差されあざみは座る。テーブルを挟んで正面に同じソファーがあり、そこに一尉が座った。


「こういうものを私が渡すのは大変心苦しいんだが、お父様からお手紙を預かっている。」


机の上におかれていたA4ファイルから、落ち着いた濃茶色で四隅に銀色の竜胆の花と葉がエンボス加工の施された封筒が取り出される。遷宮家御用達の英国メーカーの封筒は重要書類のみにしか使われないことを、誰よりもあざみは知っている。
封筒の中央には金色の文字で頭主決定と刻まれており、一尉はそれをあざみに差し出した。
微笑みも浮かばない冷たい表情の彼女はそれを受けとる。


「君もそろそろ結婚適齢期だ、とだけ言伝てを預かっているよ。」


美術価値のありそうな美しい封筒には目もくれず封を切り、中から上質な便箋を取り出した。
イタリア南部アルマフィ地方の特産品、伝統製法によって作られるアルマフィペーパだ。四隅に便箋と同じデザインだが色が薄い青の竜胆がエンボス加工されており、封筒と合わせて西洋的雰囲気を醸し出している。
だ便箋に書かれた達筆は恐らく筆で書かれており西洋的美の中に東洋的美しさを添える。あざみは無言で文章に目を通す。