窓から入ってきた風を吸い込んだ。喉奥に痛みを残すほどに冷たい風は、もう随分と前の出来事に思える三年前の記憶を朧気に思い出させる。


『君を迎えにいこう。例え、数十年かかったって、君がお婆さんになってたって君を見つけて迎えに行って好きと言おう。・・・忘れるなよ。』


ああ、顔が見えない。優しい声色も、あなたの体温も、匂いも思い出せるのに。あなたの顔と名前だけが、ずっと思い出せない。
まるでそこだけが白く切り抜かれたみたいに、欠落した記憶は年経つ毎に、紙に溢したインクの滲みが広がるように広がっていく。


「あざみ、俺を見て。」


懐古に浸っていた私の頬に触れた暖かな手、深い慈しみの込められた柔和な声。細められた目の中、緑色の虹彩が私を写している。
昼下がりの風に吹かれる黒髪が嫌味なほどに綺麗だ。
頬を撫でた後にするりと下がり、顎に添えられた手。親指が唇に触れた。


「俺では代わりになれないけど、それでも俺は君が好きだよ。」


だんだんと近くなる私と君との距離、扇形の長い睫毛と瞼が綺麗な目を隠しその端整な顔に焦点が合わなくなり始める。





君の唇と私の唇の距離が零になる前に、私は手で君の唇を遮った。


君は静かに顔を遠ざけた。
悲しみを湛えた瞳ながらも、それでも笑おうとしている君。綺麗な君を私は今でも覚えている。


──────過去への追悼──────