ボクは再び降り続く雨をぼんやり見つめていた。
ボクは、香奈さんにキスをした。
寂しげな彼女の姿、言葉に胸をうたれたのか、彼女のことを好きになったのか、自分でもよくわからなかった。
ただ、あの時はそうすることが一番自然だったかのように体が勝手に動いていた。

香奈さんが居間に戻ってきた。
彼女は新しいコーヒーをいれている。

「あまりコーヒーばかり飲んだら寝られなくなっちゃうかな?でも、帰り道危ないからしっかり目を覚ましとかないとね」

彼女は照れくさそうにボクから視線を逸らすように言った。

「香奈さん、あの」

と、言いかけたボクを遮って彼女は言った。

「あと、80分でジーンズ乾くからもうちょっとそのカッコで我慢して」

「香奈さん、あの」

彼女はまたボクを遮り背を向けて言った。

「イツキ、気にしないでいいよ。アンタは里沙のこと好きなんだろ。いいよ、さっきのは事故みたいなものってことで」

「香奈さん」

その続きの言葉がみつからす、しばし沈黙がふたりの間を支配した。
しばらくして、意を決してボクは言った。

「香奈さん、そんな悲しいこと、言わないでくださいよ。確かに正直、自分でもよくわからないです。でも、ただ、多分、ボクは、あなたのことが好きなんだと思う」

「イツキ、そんな、アンタ自身にもわかっていない気持ちを私にぶつけられても、わかんないよっ!ズルいよ!私、そんな言葉に、答えなんて返せないよ」

彼女はボクに背を向けたまま頭を振った。

「ゴメン」

ボクは言葉が見つからなかった。
再び沈黙が訪れた。
それは長く重苦しくボクらにのしかかった。

雨は降り続けていたが、ジーンズが乾くとすぐにボクはバイクにまたがり家に向かった。
彼女はひとこと、気をつけて帰って、とだけ呟いた。
家に着いたボクは服が濡れているのにもかまわず、ベッドに寝ころんだ。

そして香奈さんの唇を、悲しげな顔を思い起こした。

傷つけてしまった。
中途半端なボクの言葉で。
最低だな、ボクは。

嘘か本当か自分にもわからなかったが、好きだとはっきり言った方が彼女を傷つけなかったのでは?
いや、寧ろその方が後々かえって彼女を傷つけるのでは?

終わらない自問自答が繰り返された。

ただわかったことは、ボクの気持ちをボクがわからないようでは、誰もボクの気持ちを受け入れはしないだろう、ということだけだった。