翌日、中野一家と里沙さんは10時過ぎにチェックアウトして帰っていった。

「樹、アンタいつまでいるんだい?いる間は手伝ってよ」

母は首をコキコキ鳴らしながら言った。

「それにしても里沙ちゃんも香奈ちゃんいい娘達だね。どっちが本命なの?えっ?」

肘でボクを小突いてきた。

「あのなぁ、母さん、息子をからかってなにが楽しいんだよ」

母はニヤニヤしながら家に戻っていった。
ボクは金曜日の晩まで無償の労働を強いられた。
忙しくなる前に帰るのは母には申し訳ないがボクは明日出発することにした。
今夜は父も早く帰ってきたので宿泊客の夕食を片付けた後、親子3人でゆっくり酒を飲み交わした。

眠りにつく前、ボクは
麻貴子、そう、いわゆる元カノの竹下麻貴子に電話をしてみた。

「もしもし、麻貴子?」

『樹君?』

久しぶりに麻貴子の声を聞いた。
最後に聞いたのは確か涙声だった。

「うん、そう、久しぶりだな、元気だったか?あのさぁ、今、こっちに帰ってきてるんだけど、明日また向こうに戻るんで、その前に10分でいいから、会えないか?」

『……………』

電話の向こうの麻貴子は無言だった。

「ごめんな、イヤだよな、ごめん」

『お昼頃でいい?そのかわり、お昼ご飯ご馳走してね?』

無理に明るく振る舞うような麻貴子の声が聞こえた。
その声はボクに、付き合っていた頃のふたりのことを思い出させた。

「ゴメンな」

『私も樹君に話したいことあるから』

ボクらは明日12時前に駅前で待ち合わせることにして電話を切った。