「…確かに、悪い話ではないですね」

悪い話ではない。それはそうだと思える。だがしかし、その後にある結婚という言葉がどうしても引っかかる。

あの旅館は大好きだし、潰れて欲しくない。自分が出来ることがあるなら、何でもしようと思う。…だが、今回の話は、身売り行為だ。覚悟してたとはいえ、直に言われると躊躇ってしまう。

「…もう、あまり時間がないのはお分かりになるでしょう?その書類を見れば。貴女のイエスと言う一言があれば、今日にでも、動きましょう…雪さん」

雪は、両手を握りしめた。ギュッと目を瞑り、深呼吸して、再び目を開けた。

「…答えは、イエスです。ですが、直ぐに仕事を辞めるわけにはいきません。一社会人として、然るべき段階を踏んで、辞めてからでもよろしいですか?」

「…もちろんです。貴女の立場もある。社長秘書なんて、誰でもできるポストではない。北海道に帰る時には連絡をください。直ぐにでも、貴女の元に参りましょう」

「…それでは、私はこれで失礼します」

雪は立ち上がると、部屋を出て行く。

「…雪さん、待ってください…これを」
「…なっ!こんなものはまだ受け取れません」

雪の手のひらに握らせたのは、大きなダイヤがついた婚約指輪だった。

「…雪さんが、約束を忘れない為に、必ず持っていてください」

そう言うと、清琉は雪の手を優しく握りしめた。