話を渋る父を見た母が、少しイラついたように、口火を切った。

「…飛天旅館っていう名前、雪は知ってる?」
「…うん、有名な旅館だね、旅館の店舗数も、こっちを拠点に、各地に、何店舗もある、その飛天旅館がどうしたの?」

「…それがね、その飛天旅館の経営者が、うちを潰さず、残したいと言ってくれてるの」

「そうなの?そんないいお話があるなら、受ければいいのに」

雪の言葉に、父は首を振る。雪は意味がわからず首をかしげた。

「…残してくれる代わりに、条件を出してきたのよ」
「…条件?」

「雪、貴女を嫁にくれって」
「…⁈冗談よして。私は東京で、仕事をしてる。大体、あった事もない人の嫁になんてなれないわ。…それに…」

動揺する雪を見て、父は雪の肩を優しく叩いた。

「…わかってる。雪には雪の思う事があるだろう。…お母さん、やっぱり、この話はお断りしよう」
「お父さん、私は、貴方が一生懸命やって来たこの旅館を閉じるなんて嫌よ」

「…お母さん、娘を売り飛ばすようなマネはしたくない」

雪の両サイドから、二人は言い合いをした。

「待って!…お願い、待って。頭が混乱してる…この話、直ぐに返事をしたほうがいいの?」

「急がないわ、先方も、雪の気持ちを確認してからと言ってくれてるの」

「…一週間、私に時間をください。一週間じゃ足りないけど…」

そう言って溜息をつく雪、母は雪の手を取り、良い返事を待つと言った。

…その日の最終便で、雪は東京に帰った。