社長になってからは、女にうつつを抜かしている暇など、琉偉には無かった。

ただひたすらに仕事に打ち込み、朝から晩まで働いていた。家に帰ってからも仕事。寝る間も惜しいくらいに仕事に没頭していた。

周囲には沢山の女性がいたし、それなりにアプローチもされたが、琉偉の目に留まるほどの女性はいなかった。

雪も例外ではない。いくら完璧な雪でも、所詮は社長秘書。自分の部下でしかなかった。

それがどうだろう?泣いてる雪を見て、抱き締めたいと思い、笑ってほしくてあらゆる手を尽くして、笑ってくれれば嬉しくて、気がつけば、雪から離れたくなくなって、帰ろうとする雪を手繰り寄せ、その柔らかい唇に口づけていた。

…これは、恋か?それとも、一瞬の気まぐれか?まだ、琉偉には、確信できるものがなかった。

…トントン。

社長室のドアをノックする音。

「…どうぞ」

琉偉の返事が聞こえると、静かにドアが開くと、コーヒーを持った雪が入ってきた。

「おはようございます。コーヒーをお持ちしました」
「あぁ、ありがとう、そこに置いておいて」

いつものように声だけでそう言った瑠偉。

コーヒーの定位置は、デスクの左側。左利きの琉偉には、そこが一番取りやすい。