琉偉が仕事を終えたのは、深夜0時になろうとした頃だった。

それでも、こんなに早くトラブルを回避出来たのは、琉偉だからこそだった。

「お疲れ様でした。社長」
「お疲れ様…マー、早く帰れ。姉貴が待ってる」

「そんな事無いんですよ?さつきは、子供たちを寝かしつけてる間に、自分も寝ちゃうんですから」

そう言って、課長は笑う。でも、その顔は、とても幸せそう。

「…その寝顔を見るのが幸せだと?」
「よく、わかってらっしゃる…琉偉」

いつも、難しい案件の後は、凄く疲れた顔をしている琉偉なのに、なんだか明るい顔をしていることに気づいた課長が琉偉の名を呼ぶ。

「…ん?」

会社で下の名前を呼ぶことのない課長が呼んだことを不思議に思いながら首を捻る。

「向こうで、何か良いことでもあったんですか?」

…課長は知らない。琉偉の家に、雪が居ることを。

東京に戻ってきたことを。

「あぁ、あったよ。今まで生きてきたなかで、一番嬉しかったこと」

そう言って、微笑んだ琉偉の顔は、課長ですら、初めて見る優しい笑みだった。

課長はソファーに腰かけて、帰るのを止めると、琉偉を見つめた。

「帰らなくて良いの?」
「あぁ、うん、さつきも、子供達も、ずっと待っていてくれるから。今は、琉偉の話を聞きたい」

琉偉は、フッと笑って、雪の事を話した。

すると、課長は案の定驚くと、スッと立ち上がるなり、琉偉の手を掴むと、鞄を片手にひっつかみ、駐車場に早歩きで、歩き出した。