…思い悩む琉偉のことを、知ってか知らずか、雪は旅館の仕事に明け暮れていた。

仕事に戻って直ぐ、雪は琉偉に実家の旅館の立て直しに協力したいと申し出た。

琉偉は、雪を手放したくはなかったが、雪の思いを無下に出来ず、了承した。

経営のプロである琉偉の手によって、雪や両親はそれに従い旅館をしっかり経営をこなしていった。

「…若女将」
「…雅司さん、その呼び方はやめてくださいと言ってるじゃないですか?」

事務所で経理の帳簿とにらめっこをしていた雪に、番頭の雅司(まさし)が声をかけてきた。

「…みんな、雪さんが後を継いでくれるものと思って、そう呼んでるじゃないですか」
「…そうなんですけど。みんな、勘違いしてるから。私はあくまでも、冬馬が帰って来るまでの中継ぎでしかないんです。冬馬が帰ってきたら、会社に戻りますし」

雪の言葉に、雅司は切なげな顔を浮かべる。

「…あ、ごめんなさい。なにか、用事だったんじゃないですか?」

雅司の顔を見てハッとした雪は、話をすり替えた。

「…ぇ、あ、そうだ。女将さんが、藤の間に来てくれって言われたんですが」

「…分かりました。直ぐにいきます」

雪はイスから立ち上がると、着物の着崩れを直し、藤の間に向かった。

「…ふぅ、着物は着なれないから疲れるわ」

歩きながらボヤく雪に、雅司はクスッと笑う。

「…もう時期慣れますよ。女将の見繕った着物が、色白な雪さんに、よくお似合いです」

「…そうですか?…ありがとう」

雪は苦笑して、間もなくしてついた藤の間の前で、気を引き締めると、中へと入っていった。