「先生……それは」

もう無理だと音をあげようとすると、先生は「もしかしてドキドキした?」と、意地悪そうに笑った。

その一言で、チョコレートの中にいたような甘ったるい雰囲気は、一瞬で溶けてなくなった。恋愛ドラマから料理番組にチャンネルを変えられたみたいに。

「んなわけないですから!早く終わらないかなって、鳥肌が立ちましたから!」

「少しもドキドキするところ、なかったか」

「ないです。ないです。あり得ないです」と、顔を隠した。

けど、あんなことされて、ドキドキしなかったわけではない。

それは、一意見として伝えなければならない。悔しいけど。

「……でも読者さんが想像して読むなら、すごくドキドキするんじゃないですかね」と、そっけなく伝えた。

先生の雰囲気に流され、その気になった自分が恥ずかしくて仕方なかったからだ。

あんな顔する先生をこんな形で、知りたくなかった。




帰りは先生に家の近くまで送ってもらうことになった。

駐車場で、携帯が鳴る。大学時代の友達の澄美からだった。

先生が出ていいよと言ったので、少し離れて、通話を押した。

「もしもし。今大丈夫?」

「うん。大丈夫だよ。元気してた?久しぶり」

「なら良かった。うん。元気、元気。そういえばさ、この前言ってたあの件なんだけど」

あの件とは、ハモメ食品の本社で働いてる知人がいたら紹介してほしいと頼んでいたことだ。

「うん」

「同期の子で本社勤務の子いてね。その子が何人か見繕ってくれるから、合コン大丈夫だよ」

「え?合コン?」と、驚いて声が大きくなる。慌てて口元を手で覆った。