知ってる。知ってるけど、やっぱり知ってても傷つく。思われてるのと、言われるのは違う。悪口も愛おしい言葉もそういうものだと思う。

私は、笑えなかった。

そのせいだと思う。「ごめん」と、真面目な顔で先生は言った。

「好きなんだもんな。ひどいこと言った。ごめん」

「ひ……ひどいですよ。わかってます。それくらい。子供だって、わかってる」

「悪い、悪い。機嫌直せよ」と先生は、初めて私に触れた。頭を優しく撫でた。いつもの距離感とは違う距離に私は戸惑った。

「直らないです」と、わざと顔を背けた。

「じゃあ、甘いのをひと口あげる」

「私が作ったんだから、それで機嫌直らないですよ」

そういって、はっとする。手作りなんて、言いたくなかったからだ。

先生は、「じゃあ、どうやったら直る?」と静かな声で訊いた。今まで聞いたことのないような、静かなのに、私の心を熱くするそんな調子で言ったんだ。

「先生が彼女と別れたら」

海の底のような沈黙が、部屋の中に広がる。

「なんて、意地悪言うからお返しです。暗くなってきたし、先生、帰らないと」

努めて明るく言った。本気だと思われたくないから。

「大丈夫だよ。女子じゃないから。むしろ警戒される方」

先生は立ち上がってかけていた上着を羽織る。私は先生の顔が見れなくて、先に廊下に出た。恥ずかしかった。冗談でもなんてこと言ったんだろ。