「やっぱり……恋愛かな」

「女って恋愛もの好きだよな」とさらりと言うから、彼女の顔が浮かんだ。

「彼女さんも同じこと言ってました?」

「うん」

彼女さんも先生が小説を書いてたのとか知ってるんだろうな。なんでも、知ってるんだろうな。

幼い先生の輪郭をなぞった気がして嬉しくなったけど、それは彼女が既に触れた後だ。

話すこと、笑うこと、その呼吸ひとつひとつが彼女のものに見えて、なりようのない先生の特別は、とても遠く触れられない場所にあるんだと教えられたみたいだった。

なら、私と彼女を一緒みたいに言わないでください。ズキズキ心臓がそう言う。

「なつめは将来なりたいもの、あるの?」

「あります」と即答した。

「へえ。何になるの?」

「出版社に入りたいんです」

「出版社か。そんなに本が好きか」

「うん。文芸書の編集者になりたくて。私、読書好きだから、本と人を繋ぐ仕事ができたらいいなーなんて思って。できれば大手で働きたいんですよね。狭き門っていうから、できるだけいい大学いきたいんです。だからまず受験がんばります」

「なつめはよく考えてるね」

先生は疑うことのないまなざしで私を見た。

嘘を吐くと、私は言葉がスラスラ出てくる。前もって用意してるから言えるんだと思う。両親にも同じことを言った。

当時の私は編集者になりたいなんて、思っていなかったのに。

ただ私が憧れそうで、絶対無理とは言われなさそうで、いい大学に行きたい理由になりそうなことを伝えたかっただけだった。それなのに、先生は誉めてくれた。