昔の――あの頃の先生は、もっと優しくて爽やかだったのに、別人だ。こんな意地悪なことをする人ではなかった。

でも、本当は私が気付かなかっただけで、こういう人だったのかもしれない。

だから、あの約束の日にあんなことを平気でできたんだ。

仕返しというわけではないけど、やっぱり、先生のことを見返したい。

大人になったと思われたいし、冗談で沙弥子さんに言ったけど、何か弱みでも握って先生を負かしてみたい……なんて普段の私なら思いつくことのないような感情が先生を前にすると、どうしてだろう、湧いてくる。

そんなことができたら、私のこの心のもやもやはなくなるのかな。

そういう考えが仕返しなのかなと、少し笑いたくなった。

頼んでいたせいろ蒸しを取り分けていると、京風のおでんも運ばれてきた。少しの間だけ、食べることに集中すると、二人無言になった。





「ごちそうさまでした」

先生は私が化粧室に行っている間にお会計をすませていた。出しますとは言ったのに、「誘ったのは、こっちだから」の一点張りで受け取らなかった。

店を出て、歩く。そろそろ原稿をもらわないと。私は、切り出した。

「あの、先生」

「ん?」

「原稿を渡して頂けないでしょうか?」

「原稿?」

すっと私の前に差し出したので、受け取ろうとすると先生は腕を上げた。私は中空を両手で掴んでしまい、先生を睨む。

「意地悪やめてください」

「条件あるって言ったよね?渡すの」

「条件って、お食事一緒にしたじゃないですか」

「それは条件じゃないよ」

「えっ?じゃあ、条件って?」

「箱崎さんのこと、もっと知りたいんだ」

ドクンと心臓が動揺したように弾んだ。